クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

ルノー・カピュソンのバッハ《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》全曲

今晩はドイツ・グラモフォンから2026年1月23日にリリースされた、ルノー・カピュソンによるヨハン・セバスティアン・バッハ作曲《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》を聴きます。
 
収録曲は以下の通り。
 
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番 ト短調 BWV 1001
 フーガ:アレグロ
 プレスト
 
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV 1002
 ドゥーブル
 ドゥーブル:プレスト
 ドゥーブル
 テンポ・ディ・ボレア
 ドゥーブル
 
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番 イ短調 BWV 1003
 グラーヴェ
 フーガ
 アンダンテ
 
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004
 ジー
 
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番 ハ長調 BWV 1005
 フーガ
 ラルゴ
 アレグロ・アッサイ
 
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 ホ長調 BWV 1006
 プレリュード
 ルール
 ガヴォット・アン・ロンドー
 ブーレ
 ジー
 
いきなり余談ですが、私の父は少しだけヴァイオリンを弾いていて、子供の頃からいいなぁと思いつつも、音楽の成績が異常に低かった私は、習わしてくれとも言い出せずに、結局管楽器の方に行きました。
が、高校の音楽の先生がヴァイオリン専門で、小さなオーケストラがあって、その頃には弾かれず置いてあった父のヴァイオリンを貸してもらって1年間だけ必死にさらって、第2ヴァイオリンのトップを務めてオーケストラの中で弾いたりしていたことがありました。その後父の仕事の関係で転校して1年間しかその高校にはいなかったので、そのままヴァイオリンは辞めてしまったのですけれど。
ヴァイオリンを練習しながら、超初心者のくせにバッハの無伴奏ヴァイオリンの楽譜をどこかで見つけて弾こうとしたというバカもの。それでまずぶち当たったのが、一体この4つの音を同時に弾くように書かれている楽譜をどうやって弾くのだ?という問題。もちろん2つに分けたりして弾いているのは録音を聴けばわかっているのだけれど、指示はないし、当時どうしてみんなこうやって弾くのだろう?と素朴な疑問を持っていたものでした・・・。しかし考えてみれば始めたばっかりなのにこんな曲を弾こうとするなんて、おバカでしたねぇ。
 
さて、余談はさておき、ルノー・カピュソンはもうご存知、1976年フランス生まれのヴァイオリニスト。近年はフランス楽壇の中でも国際的発信力を持つ存在として高い評価を得ています。派手なテクニックや強烈な個性で押し切るタイプではなく、フランス的な洗練、自然な歌心、そして響きへの敏感な感覚が特徴で、レパートリーは古典から現代まで広く、録音はモーツァルト、フランク、フォーレシマノフスキストラヴィンスキー、さらには現代作品まで及んでいます。弟のゴーティエ・カピュソン(チェロ)も同様に国際的キャリアを築いており、兄弟で室内楽を行う機会も多く、フランスの室内楽文化の継承と発信に寄与していますね。
こちらのブログ・noteでも何度か取り上げています。
 
 
ルノー・カピュソンのバッハについては、以前ダヴィッド・フレイのピアノによるバロック作品集でちょっと触れましたが、非常に素晴らしいものでした。
また今月はエラートから彼のバッハを集めたオムニバス盤が出ましたが、これを聴いてもルノー・カピュソンのバッハがいかに素晴らしいかがわかると同時に、彼のバッハに対するスタイルもよく掴めます。
なぜかアップル・ミュージックではこの盤が出ていないのですが・・・・
 
 
今回の使用楽器は1737年製のグァルネリ・デル・ジェス「ヴィコント・ド・パネット」。ミルシュタインやフェラスが使用した系譜に連なる名器です。今回の録音ではトルテのモダン弓に加え、バロック弓も併用しており、舞曲系や対位法的楽章で音の性格を明確に切り替えている点が非常に興味深いところです。
 
バッハの無伴奏ソナタとパルティータについてはもう言わずもがなですが、ヴァイオリン作品の中でも最も重要な位置を占め、ソナタ前奏曲とフーガを軸とした4楽章構成、パルティータは舞曲の組曲として構成されています。作品はケーテン時代に書かれ、パルティータが完成した1720年の夏、バッハは温泉療養から帰宅して妻マリア・バルバラの死を知らされました。バッハはヴァイオリン作品の自筆譜に 「Sei solo(あなた一人)」と記し、これが単なる 「Sei soli(6つのソロ作品)」 ではなく、精神的意味を帯びた語であることはよく指摘されています。
 
カピュソンは、50歳を迎えるということで、これを機にこの聖典を録音することを決意したとか。いきなり挑戦した私のようなおバカとは違います。
 
早速聴いてみます。
 
まずは素晴らしい録音とヴァイオリンの音色。甲高い音ではなく、深く滑らか、太い音で、今までのカピュソンのイメージと少し違うかも。もう少し線の細いイメージだったので。重音であっても汚い音はいっさい出さず、美しい残響が取り込まれています。録音はさまざまなレコーディングで使われているベルリンのテルトデックス・スタジオ。2025年5月と9月に分けて行われています。直接音と反射音が自然に分離しており、今回はイマーシヴ・オーディオにも対応しています。
私の愛用しているスピーカー、ハーベスHL5はヴァイオリンの再生には定評があるようですが、ここでも本当に美しい音を奏でてくれます。
 
バッハの無伴奏ソナタ第1番は、ト短調という暗めの調性で始まり、いきなり深い和声の世界に引き込まれます。第1楽章アダージョでは、カピュソンは音を必要以上に重くせず、1737年製グァルネリ・デル・ジェスの厚みある響きを生かしながら、静かに和声を積み上げていくように弾いているように感じられます。深い美音ですね。ヴィブラートは幅も速さもやや控えめで、線を揺らすためというより、和声の色合いをわずかに変えていくために使っている印象です。フレーズの山を大きく作りすぎず、譜面の書き方に寄り添った自然な呼吸で進んでいきます。
続くフーガ:アレグロでは、主題の明瞭な提示と、その後の声部の絡み合いをどこまでもクリアに聴かせていて、力ずくで押すのではなく、音程の精度と運弓の均質さで立体感を出しているように思います。重音は素早く音楽の流れを決して止めません。シチリアーナでは、沈み込んだ深みのある音で始まり、中声部の和声の動きをほんの少し強調しながら、旋律を柔らかく歌っていて、自然な語るような歌い方が魅力です。終曲プレストはテンポはかなり速めですが、音の輪郭が崩れず、細かいパッセージでも揺れないので、聴いていてとても気持ちよく流れていきます。
 
パルティータ第1番は、アルマンドクーラントサラバンド、テンポ・ディ・ボレアという4つの舞曲に、それぞれドゥーブル(変奏)が付く独特の構成。ここでカピュソンの音色が前の曲とは違う響きに聞こえます。もっと軽いというか、ソナタ1番のような深みよりも明るい音色。これは弓を変えたのかも。勝手な想像ですが、こちらはバロック・ボウではないかしら。
アルマンドでは落ち着いた歩みの中に、ところどころでアクセントを軽く置き、舞曲のステップが自然に感じられるような運びをしています。続くドゥーブルでは音型が細かくなりますが、カピュソンはテンポを大きく速めるのではなく、元のアルマンドの歩幅を保ちながら装飾が増えたように感じさせているのが上品。クーラントとそのドゥーブルでは、跳ねるリズムをあまり強調しすぎず、フランス風の軽やかさと透明感を大切にしている印象を受けます。速い楽章であってもその艶やかな音色は全く変わらないのが素晴らしい。サラバンドは重さで押すタイプではなく、むしろ静かな内面の歌を聴かせる方向で、音と音の間に余白があり、そこに響きがふっと溶けていくのがとても美しいです。終盤のテンポ・ディ・ボレアとリズム感がぐっと前に出てきます。音は強くスタッカートで弾いているけれど、荒くならないのはさすが。速い重音の処理も見事です。ドゥーブルはテヌートで1音1音を丁寧に弾いて、音量ではなくニュアンスの変化で盛り上げていくので、最後まで品格を失わないのがカピュソンらしいところだと感じます。
 
ソナタ第2番のグラーヴェは、冒頭から低音と和音の重さが印象的な楽章。ここでも前のパルティータとは明らかに音色が変わっていて、こちらの方が重厚な音。モダン・ボウでしょうか。カピュソンは響きの厚みを保ちつつも、フレーズの方向性をはっきりと示していて、ただ重いだけの序奏にならないように工夫しているように聴こえます。続くフーガは、このセットの中でもかなり大規模な作品で、主題が何度も姿を変えて現れますが、テンポを安定させ、各声部の音量バランスを丁寧に整えることで、長い音楽の旅を破綻なく導いています。第3楽章アンダンテは、このソナタの白眉とも言える美しい楽章ですね。1丁のヴァイオリンで内声や低音の動きが暗示される書法はさすがバッハ。カピュソンはリラックスした雰囲気の演奏ですが、実は音程のごくわずかな揺らぎも許さないような集中力で、旋律部と伴奏部を見事に描きわけながら、和声の流れを自然に感じさせてくれます。聴いていて心の中の時間がゆっくり溶けてくるかのよう。終楽章アレグロでは、指回しの妙技を見せつけるような派手さではなく、一つ一つの音に意味を込めつつ、モチーフの反復やシークエンスがスッと耳に入ってくるような演奏になっていますね。録音の残響が美しく、速いアルペジで目の音とミックスされて美しい和音になるのも印象的。
 
パルティータ第2番は、何と言っても終曲のシャコンヌが中心になりますが、そこに至るまでの4つの舞曲の積み重ねも、とても大切に扱われています。アルマンドは、ト短調ソナタの冒頭アダージョに比べるとやや軽い音色と足取り。ここはバロック・ボウかな?しかし軽すぎることはなく、舞曲としてのステップが自然に浮かび上がるような運びです。クーラントは跳躍とステップが連続するようなリズムですが、カピュソンは跳ねる部分でもあまり鋭いスタッカートにはせず、音と音をややしなやかにつなぎながら、軽快さと内省のバランスを取っているように感じられます。サラバンドは、非常に静かな祈りの歌のような性格が前面に出ており、ビブラートも最小限に抑え、弓の速度と弦への圧力のコントロールによって、ハーモニーの変化だけで聴かせていくようなアプローチ。ジーグは舞曲らしい活気を持ちながらも、重心は低めに保たれていて、このあとに続くシャコンヌの大きなアーチを予感させるような締め方になっているように聴こえます。
 
シャコンヌでは、冒頭の主題提示を劇的に強く押し出すのではなく、やや抑えたダイナミクスで始めることで、長い旅路の入り口を慎重に踏み出すような雰囲気があります。ここでもバロック・ボウでしょうか、音は濃すぎず明るい軽さが感じられます。テンポはじっくりとした落ち着いたもの。その後の変奏が進むにつれて、和音の厚みやアルペジオの密度が増していきますが、カピュソンは常にフレーズの方向性を意識していて、「ここで終わり」ではなく「次へ続いていく」感覚を大切にしているように感じられます。アルペジオの連続も非常に軽いタッチですね。ニ長調部分に入ると、音色の明るさがぐっと増し、弓の押さえ方が軽くなりスピードもやや速くなって、光が差し込んだような印象になりますが、決して感情を大きく露出させる演奏ではなく、静かな希望の光が差すようなニュアンスです。バッハはここで亡き妻バルバラに対する安らかな祈りを込めたのではないでしょうか。再びニ短調へ戻ってからの終盤は、音量やテンポでドラマを作るのではなく、細かな和声の動きと内声のラインの変化を丁寧に追いながら、自然に終止へ向かっていきます。このあたりは、いわゆるロマン派的な「大きな起伏」を好む演奏とは少し違う方向で、カピュソンらしい節度と精神性が前面に出ていると感じました。
 
ソナタ第3番は、一転して雰囲気が静謐になります。アダージョでは、ハ長調の明るさの中に、どこか宗教的な静けさを湛えた響きがあり、自然な呼吸を感じさせるように演奏しているように思います。柔らかさの中にニュアンスをたっぷり含んでいます。音色は明るく、ここでもバロック・ボウかな?いや、違うか。だんだんわからなくなってきましたが・・・。この曲集最大のフーガでは、主題の提示から展開部への移行が非常に長く続きますが、カピュソンはテンポを崩しすぎず、音程とリズムの安定で支えながら、大きなアーチを描くように進めていきます。各声部の音量差をつけすぎず、それぞれのラインをほぼ同等に扱っているため、全体としてはオルガン的な厚みを持った響きに聴こえます。フーガではない細かいパッセージは逆にで軽いタッチで対称性もしっかりと出しています。第3楽章ラルゴは、ソナタ全体の中で一瞬時間が止まるような静かな楽章。柔らかい音色と自然なレガートが印象的ですが、この音を聴いていると、わりあいとくっきりした音はモダンボウを使っているようにも感じてきました。芸能人格付けチェックで弓を変えて聞き分けるのをやったら面白いかと思いますが、私はダメだろうなぁ。終楽章アレグロ・アッサイは、かなり速いテンポでも音が崩れず、むしろフレーズがすっきりと耳に入ってくるような整理された演奏で、ソナタ全体の締めくくりとしてとても心地よい解放感があります。
 
パルティータ第3番は、このセットの中で最も明るく、外向きの性格を持つ作品ですね。冒頭プレリュードでは、弦をまたいで音を連続させていくバリオラージュが大活躍しますが、カピュソンはここでも雑味のないクリアな音で、速いパッセージを軽やかに駆け抜けています。爽快なテンポで音一つひとつの粒立ちがきれいに揃っているので、聴いていてとても爽快です。ルールでは、拍の重心を少し後ろに置きながら、踊りのステップがふんわり浮かぶようなニュアンス。ガヴォット・アン・ロンドーは、アンコールピースとしてもよく知られる楽章ですが、カピュソンは表情をつけすぎず、曲の持つ素朴な明るさをそのまま伝える方向で演奏している印象で、軽快さと品の良さのバランスが絶妙です。メヌエット I・II、ブーレ、ジーグと続く終盤の舞曲の連なりでは、それぞれのキャラクターをわずかなテンポ感やアーティキュレーションの違いで描き分けながら、全体としては一つの大きな組曲としての流れが感じられるようなまとめ方になっていて、アルバムを通して聴いたときの締めくくりとして、とても爽やかな後味を残してくれます。
 
ジャケットの写真は、ルノー・カピュソンの息子エリオットが南仏アルピーユ山塊の夏の光の中で撮影したものとのことで、カピュソンの穏やかでほんの少しはにかむような表情は、息子さんに撮られているという恥ずかしさもあるかも。音楽と同様に静謐で落ち着いた精神性を感じさせますね。
 
全体として、カピュソンのバッハはロマン的な情念を誇張せず、かといって古楽的HIP的でもなく、音の仕立てと精神の透明度を保ちながら、舞曲性と構築性を両立させるバランス感覚が素晴らしい。50歳を迎える節目の録音という点も含め、これは単なるキャリアの記録ではなく、長い内省の帰結としてのバッハであり、深い余韻を残すアルバムだと感じました。