クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

モーツァルト初期から成熟へ ― パシチェンコ&イル・ガルデッリーノの協奏曲集

今晩は、アルファ・クラシックスから2026年にリリースされた、オルガ・パシチェンコのフォルテピアノ、タンゲンテンフリューゲル独奏、イル・ガルデッリーノの演奏による、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲《Mozart: Piano Concertos 6, 8 & 18》を聴きます。
 
収録曲は以下の通り。
 
モーツァルト
ピアノ協奏曲第6番 変ロ長調 K.238
第1楽章 アレグロ・アペルト
第2楽章 アンダンテ・ウン・ポコ・アダージョ
第3楽章 ロンドー アレグロ
 
ピアノ協奏曲第8番 ハ長調 K.246
第1楽章 アレグロ・アペルト
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 ロンドー テンポ・ディ・メヌエット
 
ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調 K.456
第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
第2楽章 アンダンテ・ウン・ポコ・ソステヌート
第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
 
オルガ・パシチェンコはロシア生まれ、現在はオランダを拠点に活動する鍵盤奏者です。モダン・ピアノに加え、フォルテピアノ、チェンバロ、オルガンなど多様な楽器を自在に弾き分け、歴史的奏法に基づく解釈で注目を集めています。オーケストラ・オブ・ザ・18世紀のアーティスティック・パートナーを務め、近年は楽器から指揮を行う協奏曲演奏にも力を入れています。透明感のある音色と構造を明晰に描く音楽づくりが特徴で、モーツァルトやメンデルスゾーンの録音が高く評価されていますね。
私のブログ:noteではメンデルスゾーン姉弟のアルバムを取り上げていました。

picolist.hateblo.jp

 

モーツァルトのコンチェルトではすでに2枚のアルバムが出ています。

classical.music.apple.com

 

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演奏、録音とも素晴らしくて、愛聴しています。
 
共演するイル・ガルデッリーノは1988年創設の古楽アンサンブルで、ヴィヴァルディのフルート協奏曲《イル・ガルデッリーノ》(五色ひわ)にちなんだ名称を持ちます。独自の柔らかく明晰な音色と、構造を明快に示すアンサンブル能力で高く評価され、ヨーロッパ各地の主要ホールや音楽祭に招かれているとのこと。
 
このアルバムの大きな特徴は、まずパシチェンコが指揮もしているということ。彼女のリーダーシップはなかなかなものでイル・ガルデッリーノとの呼吸も見事にあっていますね。もう一つは二種類の歴史的鍵盤楽器を使い分けている点。第6番と第8番では、チェンバロとフォルテピアノの中間的な響きを持つタンゲンテンフリューゲルを使用し、第18番ではアントン・ヴァルター様式のフォルテピアノを用いています。この選択が、若きモーツァルトの書法と、より成熟したウィーン時代の書法との違いを音色で語らせています。
 
タンゲンテンフリューゲルは18世紀後半に用いられた鍵盤楽器。外見は初期フォルテピアノに近いものの、内部構造が異なります。細い木製のタンジェントが弦を叩いてすぐ離れる仕組み。クラヴィコードは鍵盤を押すとタンジェントは弦をずっと押さえつけたままになりますが、タンゲンテンフリューゲルは弦をタンジェントで叩くという仕組み。クラヴィコードより遥かに大きい音が出ます。チェンバロの明るさとフォルテピアノの強弱表現をあわせ持つ独特の音色を生みます。音の立ち上がりは軽やかで透明感があり、減衰は比較的速めです。モーツァルトの若い時代に存在した過渡期の楽器で、当時の鍵盤文化の多様性を象徴する存在といえます。
 
早速聴きます。
まず録音はこのシリーズとてもいいんです。アルファ・クラシックスらしい透明度が高く、それでいてスピード感のある音。タンゲンテンフリューゲルの音もとても可愛らしく、またペダルやストップ操作と思われる音色の変化も良く捉えていますね。タンゲンテンフリューゲルの独特のタッチと、ヴァルター型フォルテピアノの立体的な響きの違いもはっきりと聴き取れます。録音は2024年2月、ベルギー・アントワープのAMUZで行われました。過度な残響はなく、古楽器の繊細なニュアンスがそのまま伝わります。
 
第6番変ロ長調K.238は、トランペットやティンパニを用いない編成ながら、行進曲風の開始で堂々と幕を開けます。ただしその行進は軍楽的な強さよりも、どこか優雅で穏やかな性格を帯びています。第1楽章ではギャラント様式の明るさが前面に出て、展開部で一瞬の陰りが差しますが、全体としては明快で清潔な構造です。パシチェンコの演奏はとにかく軽やか。音色は確かにチェンバロに近いけれど、微妙なニュアンスをタッチで変えていきます。
第2楽章は抒情的で、オーボエからフルートに代わり柔らかい色合いが広がります。この頃はオーボエ奏者がフルートも持ち替えていたようですね。器用だなぁ。パシチェンコによるタンゲンテンフリューゲルの微妙な柔らかいタッチが、声楽的な旋律線をより親密に感じさせます。この頃は多分膝によってペダル操作が行われているかと思いますが、ペダリングも効果的に使っていますね。あ、見たことない方に説明ですが、モーツァルト時代のペダルは鍵盤の下についていて膝を押し上げてダンパーを上げる仕組みなんですね。
終楽章は軽やかで機知に富んでいます。タンジェントフリューゲルは何かストップを変えているのでしょうか、より華やかな音色。ペダルの効果かな?ナチュラルホルンの音色も透明でいいですね。ト短調のエピソードで一瞬の影を落としながらも、再び晴れやかな光へ戻ります。パシチェンコは2回出てくるうちの最初のカデンツァは自作かな、即興的で、後半は原典版の楽譜をそのまま使っていますね。装飾を即興で加え、若々しい自由さを自然に表現しています。
 
第8番ハ長調K.246は、献呈者リュツォウ伯爵夫人のために書かれた作品で「リュツォウ」って呼ばれる時もありますね。構造は明晰で、旋律の優雅さが際立ちます。
パシチェンコはこちらでもタンジェンテンフリューゲル。
第1楽章は力強く始まりつつも、パシチェンコは軽やかで柔らかく歌い出します。独奏とオーケストラの対話がはっきりと描かれていますね。こちらの方がホルンが強奏していてより華やかな雰囲気。時にソロにふっとした間を開けていてハッとさせられます。カデンツァはモーツァルトが残している3種類のうち一番長いものを使っています。ここでパシチェンコはこの楽器のもつ表現力の多彩さをタッチの変化で聴かせてくれます。
第2楽章アンダンテは穏やかな庭園を思わせる落ち着いた楽想で、パシチェンコの繊細で優雅なフレージングが際立ちます。オーケストラとソロの穏やかな対比が続きます。ここでは展開部の冒頭ではリュートストップのような音色に変えて演奏していますね。この楽器、なかなか色々な仕掛けがあって面白い。ここでもパシチェンコは軽やかな飾りを即興的につけて楽しいです。カデンツァはまたモーツァルト。ダンパーを上げた音色を多用して美しい響きを出しています。
終楽章のメヌエット風ロンドは典雅で、冒頭のソロは柔らかい入り。ニュアンスたっぷりです。独奏とトゥッティの掛け合いが実に軽やかです。ここでも間合いの見事さ、即興的な息遣いが音楽に生気を与えています。途中イ短調に変わったところでは音色も心なしか暗く、またフォルテではこの楽器の意外に強い表情も聞かせてくれます。オーボエとの掛け合いも楽しい。
 
第18番変ロ長調K.456は一気に世界が広がります。行進曲風の開始からして堂々とし、管楽器の扱いはすでに《フィガロの結婚》を予感させます。オーケストラもニュアンス豊かな前奏。古楽器ならではの表現です。ヴァルター型フォルテピアノの音色は先ほどのタンジェンテンよりもより柔らかく、それでいながらヴォリューム感があります。あちらがギャラント的だったのに対して、より優雅なウィーン風。音はチェンバロのような抜けた感じはなくなり、ソフトに弦を叩く感じの音色。ですがより強弱の表現力は強まるとともに、音色の変化はより幅広くなります。特に柔らかな音色の表現はタンジェントではできなかったもの。
カデンツァでもこの楽器の表現の広さと、それを活かすパシチェンコのタッチの変化が見事。
第2楽章は変奏形式で、悲しみに満ちた主題が平行短調、つまりト短調で提示されます。モーツァルトのト短調と言えば25番と40番のシンフォニー、ピアノ四重奏曲と最高傑作ばかり。この作品でも五つの変奏を通じて劇的な陰影が増していき、遠隔調への移行や拍子の対立が緊張感を生みます。パシチェンコは最初のスフォルツアンドの音を長めに弾くことで、軽さよりも深さを表現しています。また繰り返しでは楽譜にない装飾をたっぷり。そして間を大きく開けることで余韻も楽しめる演奏です。また中間の変奏ではホルンのアタックをかなり強めに吹かせて劇性も出しています。またト長調になったところの木管楽器のアンサンブルがこの演奏の古楽器だと実に柔らかくて素敵。とても変化に富んだ変奏です。
モーツァルトはどうしてこんなに深い曲をこのコンチェルトの緩徐楽章で書いたのでしょうね。考えられれるのは確証はないけれどマリア・テレジア・フォン・パラディスが弾くために作曲されたかもしれないということ。モーツァルトの父、レオポルドがウォルフガングがパラディスのために壮麗なピアノ協奏曲を書いたという記述が残っていることから、その可能性があるとか。
マリア・テレジア・フォン・パラディスは盲目のピアニストだったんです。当時としては本当に珍しいことで、父親は宮廷官僚だったこともあって、皇后マリア・テレジアから厚い庇護を受け、作曲はサリエリに習い、本格的な作曲家・歌手・ピアニストとして活躍した女性。彼女は暗譜全ての曲を弾きこなしたとか・・・モーツァルトは彼女の運命を考えてこのような深い感情の作品を残した・・・と考えたくなりますが、確証はないようです。
ここではヴァルター型フォルテピアノの陰影豊かなダイナミクスが効果的。深い表現がこの楽器によってできるようになり、それが現代のピアノへと続いているのですね。
 
終楽章は歓喜に満ちた主題で始まります。途中のカデンツァも即興て。中央部のロ短調エピソードでは短い悲劇のような緊迫した場面が展開します。木管と弦の拍子のずれが独特の揺らぎを生み、そこから再び明るい主題へ戻る構造は見事です。皇帝ヨーゼフ2世が「ブラヴォー、モーツァルト」と叫んだという逸話も残っていますが、納得できる充実した作品ですね。
 
ということで、このアルバムは、若きモーツァルトのギャラントな優雅さから、成熟期へ向かう劇的な広がりまでを、楽器の選択とパシチェンコの見事な表現力とタッチ、そして即興によって描き分けています。イル・ガルデッリーノとの対話も自然ですね。モーツァルト初期と中期の協奏曲の魅力をあらためて発見させてくれるアルバムでありました。
 

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