
今晩は、Apartéから2026年4月3日にリリースされた、ヴァイオリンのマノン・ガリーと、ピアノのホルヘ・ゴンサレス・ブアハサンによる、メンデルスゾーン、ブラームス、グリーグのヴァイオリン・ソナタ集を聴きます。
収録曲は以下の通りです。
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メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 MWV Q26第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ第2楽章 アダージョ第3楽章 アッサイ・ヴィヴァーチェ
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ドヴォルザーク:わが母の教えたまいし歌
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ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 作品100第1楽章 アレグロ・アマービレ第2楽章 アンダンテ・トランクイッロ-ヴィヴァーチェ第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ、クアジ・アンダンテ
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フィビヒ:ポエム 作品39a
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グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 作品45第1楽章 アレグロ・モルト・エド・アパッショナート第2楽章 アレグロ・エスプレッシーヴォ・アッラ・ロマンツァ第3楽章 アレグロ・アニマート
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シベリウス:子守歌
最近、ヴァイオリンのソロのアルバムを聴くことが増えてきました。傾向としてはHIPの影響を受けてどちらかというとヴィブラートは控えめでドライな演奏が多くなってきたように感じます。
そうした中で、このアルバムのマノン・ガリーのヴァイオリンは情感たっぷり、ヴィブラートもしっかりとかけるタイプ。また大きなソナタの合間に入っている小品がまたとてもいい。
ヴァイオリンのマノン・ガリーはトゥールーズ生まれの若手で、2022年のヴィクトワール・ド・ラ・ミュジーク・クラシックで器楽ソリスト部門の新人賞にあたる賞を受け、一気に注目を集めました。音色は明るく、線は細くなりすぎず、歌心が前に出るタイプ。対するホルヘ・ゴンサレス・ブアハサンはハバナ生まれで、パリ国立高等音楽院で学び、ソロだけでなく室内楽でも高く評価されてきたピアニストです。2018年からはトリオ・ゼリハのメンバーとしても活動し、この二人は2021年リヨン国際室内楽コンクールでも結果を残しています。華やかさを競う組み合わせではなく、呼吸の細かさと陰影の深さで聴かせるデュオだと感じます。 このアルバムは前作『Nuits parisiennes』に続くデュオ盤。
早速聴いてみます。
まず録音が素晴らしい。録音は2025年2月、トゥールーズのサン=ピエール・デ・キュイジーヌ講堂で行われていますが、響きの良いホールのようですね。この講堂はマノンの故郷の音楽院のホールのようで、ブックレットの終わりに使用許可への感謝の言葉が添えられています。ピアノが自然に後ろに広がり、やや左側にヴァイオリンが立っています。磨き上げられたヴァイオリンの音と美しいスタインウェイの音が鮮烈に捉えられています。二人の対話が見えるくらいの近さを保っているので、このプログラムの親密な性格によく合っています。
最初のメンデルスゾーンのソナタは、私は初めて聴きました。最近、メンデルスゾーンに目覚めていまして、以前はせいぜい交響曲の一部と室内楽くらいしか聴いていなかったのですが、オラトリオやピアノ曲など聴く機会も増え、その清新な魅力にハマっていますが、こんな素晴らしい曲があったのですね。ブックレットによるとこのソナタはヴァイオリン協奏曲第2番(1838年)と同時期に書かれ、しかもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター、フェルディナント・ダーフィトのために作曲されたのですが、手稿のままで残され、1953年にユーディ・メニューインが関心を示すまで知られず、さらに厳密な校訂版が利用できるようになったのは、メンデルスゾーン生誕200年に当たる2009年になってからとのこと。ごく最近出てきた曲なんですね。演奏している二人もこの曲との出会いは驚きであった、と書いていますね。それほど充実して素晴らしい作品です。
第1楽章は軽やかに飛び出します。くっきりとしたピアノと非常に生き生きとして美しく張りがあり、濃厚な音色のヴァイオリンです。勢いで押し切るのではなく、二人ともフレーズの輪郭を明るく整え、作品の若々しさと品の良さを両立させています。ソナタ形式で上行型で意欲的な第1主題に対して第2主題はいかにもメンデルスゾーンらしい爽やかで柔らかな主題で、展開部も非常に手慣れたテクニックで展開していきます。
第2楽章ではブアハサンの深みのある燻んだ柔らかいピアノの前奏から始まり、ガリーの歌い回しがとてもよく、甘く流しすぎず、ひそかな痛みをにじませるところが耳を引きます。第3楽章はメンデルスゾーンらしいスケルツォ的な身軽さが生き、ピアノとの受け渡しもきわめて自然です。珍しい作品を珍品としてではなく、堂々たる中心曲として扱っているところに、このデュオの自信が見えます。
続くドヴォルザークの《わが母の教えたまいし歌》は、原曲は歌曲で、よく歌われる作品。気分転換というより記憶の扉のような役割を果たします。「年老いた母が私に歌を教えてくれたとき、ふしぎなことに、母はよく涙を流していた/そして今、私が子どもたちに音楽と歌を教えるとき、涙が私の褐色の頬をぬらす」という歌詞。ここでガリーはノスタルジックに歌い込んでいますね。このアルバムの背後にあるボードレールの「夕べの調和」にふさわしい選曲です。 こういった小品、いいですね。元々ヴァイオリンの小品はSP時代に片面数分の演奏時間ということもあって、クライスラーをはじめ多数の録音がありましたが、最近はめっきり少なくなりました。ですから久しぶりに間に挟まった小品もとても効果的。前後の大きなソナタをやさしく結びます。
続くはブラームスの第2ソナタ。第1楽章は親密で、ガリーのヴァイオリンが前に出すぎず、ピアノが和声のぬくもりを丁寧に支えます。ブラームスだからといって無闇に暗くするのではなく、ほのかな暖かさがあり、そこにはやはりどこか郷愁が感じられます。第2楽章は静かな部分と動きのある部分の切り替えが鮮やかで、感情の起伏を誇張せずに描きます。静かな部分はやはり過去を見つめるような少し哀しみの混ざった回顧のような音楽、そして後半ではピチカートを入れた速い部分が小気味よく、ガリーは最後の静けさの中に深い懐古的な雰囲気を甘く歌っています。いいヴァイオリニストですね。第3楽章は終曲らしい高揚よりも、名残を惜しむようなやさしさが印象に残ります。ブラームスを重厚さ一辺倒で弾かず、あくまで室内楽としての親密さで聴かせる解釈です。
フィビヒの《ポエム》は私にとって非常に懐かしい曲です。若い頃所属していたオケにチェコからいらした指揮者がこの曲のメロディが入ったフィビヒの交響詩《たそがれ》という曲を突然取り上げたのです。これはプラハのジョフィーン島に夕暮れが訪れる情景を描いた作品で、全く知らない曲でしたが、中間部に現れるこのメロディにすっかり魅了されました。このメロディはフィビヒの死後、ヴァイオリニストのヤン・クーベリックによってアレンジされ、ヴァイオリンの小品として演奏されるようになりました。短いながらも、時間がふっと止まり、濃い感傷が表に出ます。ガリーはとてもその情感を深く歌い込んでいて、私は若い頃このメロディに惹かれた頃を思い出して、ちょっと涙が出てきました。涙脆い老人になってきました。
そのあとに来るグリーグの第3ソナタは、前三曲の中で最も外向きで、最も劇的です。第1楽章は冒頭から緊張感が高く、ガリーの鋭さとブアハサンの推進力が前面に出ます。ここでもガリーはよく歌い込み、ブアハサンはヴァイオリンに負けずと前に出てここでは協奏的です。第2楽章では一転して歌が深まり、北欧的な冷たさよりも、人の声に近い温度が感じられます。ここにも遠くを臨みながら過去を振り返り、懐かしさが溢れた演奏で、感涙もの。ピアノの前奏だけでも感動できてしまう深く美しい音楽です。ヴァイオリンのガリーはこのメロディを時に熱を持って、時にふっと力を抜いたように歌います。途中少し北欧民族的な舞曲が入りますがそこに挿入される甘いパッセージもうまいですね。第3楽章は序奏から激しい舞曲の予感。その盛り上げ方が非常にうまい。そしてリズムの切れ味がよく、終盤までエネルギーが落ちません。
最後のシベリウス《子守歌》は、その熱を静かに鎮める結び。8分の6拍子の強拍が半拍ずれてヴァイオリンで弾かれるため息のような静かなメロディはアルバム全体を回想へ戻して閉じます。
ブックレットの冒頭にはボードレールの詩「夕べの調和」が掲げられています。それは香り、音、記憶、痛みが夕暮れの中でひとつに溶け合っていく詩。そこでは美しさと哀しみ、やさしさと虚無へのおそれが同時に存在し、最後には過去の思い出だけが静かに輝いています。心の奥に沈んでいた記憶が、夕暮れの光の中でゆっくり立ち上がってくるような詩です。
そしてこのアルバムは、大きなソナタと短い小品を通して、この詩のように記憶、郷愁、ぬくもり、内面の揺れをひと続きの物語として聴かせてくれます。メンデルスゾーンの気品、ブラームスの親密さ、グリーグの情熱を、それぞれ別の個性として描き分けながら、その間に過去を振り返るようなドヴォルザークとフィビヒ、シベリウスの小品を配置して、全体として一つの感情の流れにまとめている手腕は見事です。技巧を誇るより、作品の内側にある声を丁寧にすくい上げた、しなやかで感受性の高いアルバムでありました。
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