
今晩は、2026年9月4日にDeux-Ellesからリリースされた、ジョナサン・フリーマン=アットウッドのトランペットによる《Bach Trumpet Solo》を聴きます。
収録作品は以下の通り。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
1.イギリス組曲第1番 イ長調 BWV 806より「サラバンド」(ト長調へ移調)
2.前奏曲とフーガ ニ短調 BWV 539
3.ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV 1023より「プレアンブルム」(ロ短調へ移調)
4.トッカータ ニ長調 BWV 912
5.パルティータ第5番 ト長調 BWV 829より「アルマンド」
6.平均律クラヴィーア曲集第1巻より 前奏曲 イ短調 BWV 865(変ロ短調へ移調)
無伴奏フルート・パルティータ イ短調 BWV 1013(ホ短調へ移調)
7.アルマンド
8.コレンテ
9.サラバンド
10.ブーレ・アングレーズ
11.イギリス組曲第1番 イ長調 BWV 806より「アルマンド」
12.トッカータ ニ短調 BWV 913(短縮版)
13.平均律クラヴィーア曲集第2巻より 前奏曲 ホ長調 BWV 878(変ホ長調へ移調)
ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681–1767)
14.無伴奏フルートのための幻想曲第1番 イ長調 TWV 40:2
ジョナサン・フリーマン=アットウッド(トランペット、編曲)
録音:2025年10月、2026年3月
オックスフォードシャー、グレート・ヘイズリー、聖ペテロ教会
録音プロデューサー/エンジニア:フィリップ・ホッブス
フリーマン=アットウッドは、2008年からロンドンの王立音楽院 Royal Academy of Musicの学長を務めている方です。長年トランペット奏者として活動し、これまでに14枚のソロ・アルバムを録音している他、録音プロデューサー、著述家、放送人、バッハ研究者としても活動してきた、かなり異色の音楽家ですね。
録音プロデューサーとしても250点を超える録音に携わり、レイチェル・ポッジャー、トレヴァー・ピノック、バーバラ・ハンニガン、クリスティアン・ベズイデンホウト、イェスティン・デイヴィス、Orchestra of the Age of Enlightenmentなど錚々たる演奏家たちと仕事をしています。
昨年、なんとバッハの無伴奏チェロ組曲全6曲をトランペット用に編曲して録音していて、私のnote・ブログでも以下で取り上げました。
アットウッド先生、今回はさらに一歩進んで、鍵盤楽器、オルガン、ヴァイオリン、フルートのために書かれたバッハ作品を、一台のトランペットだけで演奏しちゃおうという試み。
ブックレットの解説には、実にそのままの見出しが付いています。
「Bach solo per tromba, really?」
「バッハをトランペット独奏で、マジ?」。
そもそもバッハの時代には、現在のように半音階を自由に演奏できるヴァルヴ式トランペットは存在していません。ですからこれは、当時の演奏法を復元しようというHIP的な試みではないですね。
彼は、もしバッハがこれらの音楽を最初から一本の独奏楽器のために書いていたとしたら、どのような姿になっただろう。そんな想像から始まっています。
バッハが残した本来の無伴奏作品には、ヴァイオリンのソナタとパルティータ、チェロ組曲、そしてフルートのパルティータがあります。でもヴァイオリンやチェロは重音によって複数の声部や和音を演奏することができます。これに対してトランペットは基本的には一本の旋律しか演奏できません。
そこで鍵盤曲などに含まれている複数の声部を単純に削るのではなく、その音楽のメロディとハーモニーの流れを一本の線の中へ凝縮し、どの音を残し、どの音を省き、どこで音域を変え、どのように旋律をつないでいけば、バッハの音楽として自然に聞こえるのかがこのアルバムの聴きどころ。
こうした自由な編曲そのものは、バッハにとっては当時当たり前のことだったのですよね。数多のバッハ自身による他の楽器への編曲が残されています。
そのことからフリーマン=アットウッドは、バッハの楽譜を絶対的な完成品として見るのではなく、バッハ自身が行っていた編曲や即興、再構成の精神を現代のトランペットへ持ち込んで演奏しています。
早速聴いてみます。
1曲目は《イギリス組曲第1番》BWV 806から「サラバンド」。原曲はイ長調ですが、ここではトランペットの音域に合わせてト長調に移されています。ゆったりした三拍子の舞曲で、原曲では和音と装飾を伴って静かに進む音楽。フリーマン=アットウッドは、反復部分にバッハ自身の装飾変奏の手法を意識した「ドゥーブル」を加えています。
実際、軽々とした音ですが、一本で表現するのは難しそう。鍵盤で同時に鳴っていた和声は装飾音で補っています。一本の旋律だけで吹いているのに、サラバンドらしい落ち着きがありますね。
2曲目は《前奏曲とフーガ ニ短調》BWV 539。これはとても面白い選曲です。フーガの部分は、もともと《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調》BWV 1001のフーガをバッハ自身がオルガン用に多声化したもの。つまり今回は、無伴奏ヴァイオリンからオルガンへ拡大された作品を、再びトランペット一本へと戻していることになります。
フーガといえば複数の声部が追いかけ合う音楽ですが、それをトランペットでやっちゃうのだからすごい。とは言ってもやはりヴァイオリンのようにはいきませんが、頑張っているという感じ。
3曲目は、ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV 1023から「プレアンブルム」。原曲はホ短調ですが、ロ短調へ移調されています。短いながらも非常に即興的で、ヴァイオリンが独り舞台のように駆け回る前奏曲。もともと旋律楽器が主役なので、鍵盤曲をトランペットへ置き換える場合ほど大きな再構成は必要なく、フリーマン=アットウッドもほぼそのままトランペットへ移したと説明しています。
これもとても跳躍が多くてトランペットにはかなり難易度が高いのですが、さすがアットウッド、見事に吹きこなしています。
4曲目は《トッカータ ニ長調》BWV 912。このアルバムの中心となる作品の一つです。若きバッハの自由で即興的な作風が強く現れた鍵盤作品で、急速な部分、歌うような部分、フーガなどが次々に現れる作品ですが、フリーマン=アットウッドはその中から中心となる旋律を拾い上げ、あたかも最初から無伴奏楽器のために書かれたかのように再構成しています。
かなり高音も使っていて、トランペットで長く吹き続けるのはかなりキツイでしょうね。これを実演で通して吹くとなると、相当な体力でしょう。そして最後はジーグのリズムが連続して大変そう。
5曲目は《パルティータ第5番 ト長調》BWV 829から「アルマンド」。これも鍵盤作品ですね。流れるような細かな音型を持つ作品ですが、ブックレットでフリーマン=アットウッド自身が語っている「旋律そのものが和声を内包している」タイプの曲。トランペット一本への置き換えに向いた作品として選ばれています。流れるようなアルマンドのリズムをよく捉えています。
6曲目は《平均律クラヴィーア曲集》第1巻から、イ短調の前奏曲 BWV 865。ここでは変ロ短調へ移調されています。原曲は短いながら絶え間なく動く旋律線によって和声が進んでいく作品。複数の声部の対話よりも、一本の線の動きそのものが音楽を支配しているため、トランペットへの編曲に適していると彼は考えているとのこと。このアルバムの考え方が凝縮された一曲でしょう。音域も広く技巧的にもかなり難易度が高そうですが、吹き切っています。
7曲目から10曲目までは、《無伴奏フルート・パルティータ イ短調》BWV 1013。え、これもトランペットでやっちゃうの? まぁもともと管楽器のフルートのために書かれた曲なので、このアルバムの中ではもっとも原曲に近い形ですね。フリーマン=アットウッドは音楽そのものには手を加えず、トランペットの音域に合わせて完全4度下のホ短調へ移調しています。
「アルマンド」は、長く途切れることのない16分音符が続く第1楽章。フルート奏者にとっても息をどこで取るかがいつも大きな課題となる作品ですが、それをトランペットでやっちゃう。
あれ、この人、ブレスしてないぞ? 循環呼吸かなとも思ったのですが、それらしい息遣いもほとんど聞こえません。あるいは巧みな編集なのかな……もしそうなら、ちょっとずるいぞ(笑)。
「コレンテ」は、アルマンドよりも軽快で動きのある舞曲ですが、タンギングをかなり明瞭に立てて吹いているので、ちょっと軽さは犠牲になっています。
「サラバンド」は、4曲の中でもっとも静かで内省的な楽章。この曲は最もトランペットに合っているのではと思います。テンポはゆっくりした舞曲を意識しているかのようにあまり遅くはしません。瞑想的になりがちな曲ですが、ここはトランペットならではの解釈です。
「ブーレ・アングレーズ」は終楽章。跳ねるようなリズムと活発な動きを持ち、《無伴奏フルート・パルティータ》を明るく締めくくります。聴き慣れた音楽がトランペットになることでかなり印象が変わります。最後の曲は結構勇ましくて、トランペット向きかも。
11曲目は再び《イギリス組曲第1番》BWV 806から、今度は「アルマンド」。1曲目のサラバンドとは違ってこちらはより細かな音の動きを持っています。これはかなり高音域を使った演奏で、反復の際に装飾を加えています。ここでは滑らかな高音の動きが楽しめます。
12曲目は《トッカータ ニ短調》BWV 913。4曲目のニ長調 BWV 912と並んで、このアルバムのもう一つの柱となる作品。原曲はかなり長い鍵盤曲なので、今回は演奏可能な形へ短縮されています。
こちらも自由な即興的部分とフーガが組み合わされた若きバッハの作品。巨大な鍵盤曲を一本のトランペットへ凝縮するという意味では、このアルバムでももっとも大胆な編曲の一つでしょう。演奏にも非常に力が入っています。またバッハの別な側面が聴こえてきます。
13曲目は《平均律クラヴィーア曲集》第2巻から、ホ長調の前奏曲 BWV 878。ここでは変ホ長調へ移調されています。穏やかに流れる旋律の曲線によって和声が導かれていく作品で、第6曲と同様に、複数声部の対話よりも横方向の旋律の流れが強いので選ばれたのでしょう。
平均律の前奏曲がトランペット・ソロになるというだけでも、なかなか不思議な聴取体験。ちょっと違う曲に聴こえてくるから不思議です。
そして最後の14曲目だけはバッハではなく、テレマンの《無伴奏フルートのための12の幻想曲》から第1番 イ長調 TWV 40:2。この曲は私もトラヴェルソで何度も遊んだ、よく知っている曲ですが、ラッパでやっちゃうとは!
フリーマン=アットウッド本人は、この選曲を「ほんの気まぐれ」と書いていますが、実はきれいな締めくくりかも。テレマンはバッハと親しく、バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエルの名付け親でもありました。
ここは1楽章の後半が一本でフーガ風になっていますが、上手に処理しています。2声に聴こえます。バッハよりもこちらの方がトランペット向きかな?
ジャケットに使われている絵はイギリスの彫刻家ジョン・デイヴィスが1998年に描いたパステルと鉛筆による《Be a Phoenix》という作品。炎の中から蘇るフェニックスのような人物が描かれています。
バッハの音楽にトランペットというまったく別の身体を与えて蘇らせているフリーマン=アットウッドも、この絵が「J.S.バッハを束の間、別の姿へと再想像する」というアルバムの発想をよく表していると書いていますね。
録音にはかなりこだわっているようで、自然に消える残響とトランペットを柔らかく捉えています。アタックの際の微妙な音色感や高音の伸びやかさが決して割れずに捉えられていますね。数多くの録音でプロデューサーを務めてきただけあって、そのあたりにもこだわりが感じられます。Qobuzでは192kHzの最高音質での配信。
バッハの時代には存在しなかった現代のトランペットで、バッハが書かなかった無伴奏作品を作る。考えてみれば、相当にチャレンジングな企画です。けれどもその根底にあるのはバッハ自身が生涯にわたって続けていた編曲、転用、即興、そして一つの音楽を別の編成へ生まれ変わらせるという営み。
こんなバッハがあってもいいんじゃないでしょうか。
学者でもあり、録音プロデューサーでもあり、そしてトランペット奏者でもあるフリーマン=アットウッドならではの、知的でありながら遊び心にも満ちたアルバムでありました。
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