
今晩は、2026年7月10日にSWR Musicからリリースされた、Trio E.T.A.による《Un///known》を聴きます。
収録曲は以下の通り。
セザール・フランク
ピアノ三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op.1-1
Ⅰ. Andante con moto
Ⅱ. Allegro molto
Ⅲ. Finale: Allegro maestoso
エドヴァルド・グリーグ
アンダンテ・コン・モート ハ短調 EG116
(未完のピアノ三重奏曲より)
(旧ブラームス作品) ピアノ三重奏曲 イ長調(付録IV・第5番)
Ⅰ. Moderato
Ⅱ. Vivace – Trio
Ⅲ. Lento
Ⅳ. Presto
Trio E.T.A.
エレーネ・メイパリアーニ(ヴァイオリン)
ナジャ・ライヒ(チェロ)
ティル・ホフマン(ピアノ)
録音:2025年8月5~8日 SWR室内楽スタジオ(シュトゥットガルト)
ちょっと珍しいピアノ・トリオ作品集です。タイトルは《Un///known》と意味深につけられていますね。あえて三本のスラッシュでUnとknownを区切っています。このデザインには、おそらくアルバム全体のコンセプトが込められているのでしょう。
収録されているのは三つの「知られざる」作品。
まずは17歳のセザール・フランクがパリでの成功を目指して書いた作品1の第1番。後年の《ヴァイオリン・ソナタ》や《ピアノ五重奏曲》が知られていますが、この初期作品は現在では演奏される機会も録音も決して多くありません。
グリーグの《アンダンテ・コン・モート》。これは完成されなかったピアノ三重奏曲の唯一残された楽章です。
そして最後は、ピアノ三重奏曲イ長調。1938年にはブラームスの若き日の作品として出版されましたが、その後の研究によりブラームス作ではないことが判明しました。本当の作曲者はいまだ不明です。以前はブラームスのピアノ三重奏全集にも収められていたという作品。
つまりこのアルバムには、知られざる初期作品、未完のため埋もれた作品、そして作者すら分からない作品、という、三種類の「Unknown」が集められています。そう考えると、《Un///known》というタイトルの三本のスラッシュは、それぞれの作品を象徴しているようにも見えてきます。
演奏しているTrio E.T.A.は2019年にハンブルクで結成された、エレーネ・メイパリアーニ(ヴァイオリン)、ナジャ・ライヒ(チェロ)、ティル・ホフマン(ピアノ)によるピアノ三重奏団。名称は作家・作曲家・音楽評論家として多面的に活動したE.T.A.ホフマンに由来します。2021年のドイツ音楽コンクールで受賞。2026年には大阪国際室内楽コンクールで第1位を獲得しています。
ブックレットは非常に読み応えがあり、作品解説だけではなく、「作者とは何か」「作品の帰属とは何か」という音楽学的なテーマまで掘り下げています。
早速聴いてみます。
まず録音。ジャケットにある配置のように左右に弦、後ろにピアノですが、特にピアノが奥に引っ込んだ音の作り。三人がそれぞれソロで合わせるのではなくて、包み込むようなピアノの音の中で他の二人がそのサウンドの中に溶け込んでいるよう。
Dolby Atmosで聴くとさらにそれは強調されて、はるか奥に位置するピアノ、手前にいながらも深いホールトーンに包まれたヴァイオリンとチェロ。非常に独特な音。そしてピアニッシモが非常に美しい。ユニークだけれどいい録音です。
そしてフランクの《ピアノ三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op.1-1》。17歳のフランクは、まだ教会オルガニストとして名声を得る前で、父親の期待を背負い、パリでピアニスト兼作曲家として成功を目指していた青年でした。この三重奏曲は、若き才能が自らの技術と創造力を世に示すための「名刺代わり」ともいえる作品だったとのこと。ほぼ30分かかる大作です。
第1楽章は、アレグロではなくAndante con motoで静かに始まります。冒頭はピアノが低音をぽつ、ぽつと刻み始めるという、実に個性的な開始で、やがてチェロがシンプルな主題を奏でます。他にはない不思議な魅力がありますね。ゆっくりと歩みを進めるような音楽は、次第に厚みを増し、大きなクライマックスへ向かいます。ブックレットでヴァイオリニストのエレーネ・メイパリアーニが触れているように、突然休止の後に三人が一斉に奏でる嬰ヘ音のユニゾンは、この作品の象徴的な瞬間。また、第2主題は単純な音階のような旋律ですが、その素朴さがかえって深い感動を生み出しています。またチェロのトレモロのパッセージなど独特で、若きフランクの意欲的な姿勢が聴こえてきます。最後もピツィカートのピアニッシモからいきなりフォルテッシモという終わり方もユニーク。
第2楽章は一転して、スケルツォ風の緊張感あふれる音楽。ピアノがオクターブで動く後を弦楽器が追いかけていく対位法がフランクらしいです。リズムの鋭さと三人の掛け合いが際立ちます。トリオはシンプルな和声ですが、弱音のユニゾンが美しい。
そして終楽章はアタッカで突然のピアノの上行型パッセージから開始されます。ユニーク。美しいメロディを挟み、第1楽章からの4分音符のシンプルな音階メロディが素材が回帰し、堂々としたフィナーレを築き上げます。この循環形式はフランクらしいですね。
もちろん、成熟期のフランクほど構成は洗練されていません。若書きらしい勢いや感情の噴出、大胆すぎるほどの展開も見られます。けれどもそれこそがこの作品の魅力だと感じます。ここには若い才能ある作曲家の意欲と自信が感じられます。
Trio E.T.A.の演奏は弦楽器はヴィブラートを抑えてハーモニーを大切にし、ピアノは主役になると存在感を際立たせて、この珍しい作品への共感が感じられる演奏です。
グリーグの《アンダンテ・コン・モート ハ短調 EG116》は、1877年に書かれたピアノ三重奏のための単一楽章です。完成した多楽章作品にはならなかったものの、約8分の独立した作品として高い完成度をもっています。冒頭はピアノがシンコペーションを刻み、ヴァイオリンとチェロがユニゾンで静かに主題を歌い始めます。北欧的な民俗色を強く押し出すというより、ドイツ・ロマン派の室内楽に通じる重厚さと、グリーグ特有の息の長い旋律と、和声の繊細な色彩の変化には、のちの《抒情小曲集》へとつながる詩情がすでに感じられるように思いました。
そしてこのアルバムで最も興味深い作品が、《ピアノ三重奏曲 イ長調 Anh. IV/5》でしょう。
1938年、この作品は当時のブラームス研究の第一人者が、自筆譜をもとに彼の作品と判断したため、若きブラームスが1853年頃に書いた「失われたピアノ三重奏曲第5番」として出版され、以後しばらくは、多くの演奏家や研究者がブラームス作品として受け入れ、実際に演奏会でも取り上げられました。
ところが、その後の研究によって筆跡や楽譜の来歴、様式分析などが改めて検討された結果、ブラームス本人の作品である可能性は極めて低いことが判明します。
現在では、自筆譜は作曲家フリードリヒ・キールの遺品に由来した可能性が高いと考えられています。ただしキール自身の作品ではなく、もっとも有力なのは、ベルリンで彼の作曲クラスに学んだ門下生の作品とする説ですが、決定的な証拠はなく、真の作曲者はいまだ不明です。そのため、この作品はブラームス作品目録では「Anh. IV/5(付録IV・第5番)」、つまり「かつてブラームス作品とされた疑作」として付録に収録されています。
とはいえ、この作品がブラームスを思わせることも事実です。第1楽章冒頭の雄大な主題、第2主題の展開、終楽章まで一貫した構成感覚には、若きブラームスを連想させる場面が少なくありません。ブックレットでも、「30秒以内にブラームスだと断言できる人はいないだろう」という音楽学者の言葉を引用しながら、この作品の魅力は「ブラームスか否か」という二者択一ではなく、19世紀ドイツ・ロマン派の共通する語法の中にあると指摘しています。
実際、作曲者が誰であれ、この作品は完成度の高いロマン派のピアノ三重奏曲です。第1楽章は堂々としたスケールをもち、私の耳にはブラームスの作と言われてもあまり違和感なく受け入れられる充実した内容です。滑らかな主題と付点によるピアノの主題が拮抗しつつ堂々としたソナタ形式が展開していきます。主題は少しハンガリー的な風合いもあって、それがさらにブラームスっぽくしていますね。第2楽章のスケルツォは軽快な躍動感にあふれ、トリオでは柔らかな響き。第3楽章では静かなハーモニーの変化が美しく、叙情的な歌が深まっていきます。終楽章は力強く全曲を締めくくります。何も先入観を与えられずに聴けば純粋に大変魅力的な室内楽作品として受け入れられるのではないでしょうか。
Trio E.A.T.の演奏は弦楽器はヴィブラートを控えめにしてハーモニーを重視しつつ、ピアノは主張すべきところは大いに出つつもアンサンブルを重視しています。素晴らしいトリオですね。
このアルバム《Un///known》のタイトルは、「知られざる作品」という意味だけではなく、「誰が作曲したのか分からない作品」というもう一つの意味も含んでいるのでしょう。その象徴が、このイ長調三重奏曲で、ブラームスではないことは分かっていても、本当の作曲者は分からない──まさにUnknownのまま。しかし書法はブラームス的な部分も多いのです。Unknownとは、単に知られていない作品ではなく、『作者とは何か』という問いそのものだったのかもしれません。
色々考えさせられますね。もし誰かがブラームスの書法を完璧に身につけ、その様式で新しい作品を書いたとしたら、それはいったい誰の作品になるのでしょう。AIの時代には、まさにそうした問いが現実のものになりつつあります。AIが「ブラームス風」の作品を生み出したとき、その作品はAIのものなのか、それともブラームスの様式に依拠した新しい創作なのか。著作権の問題にもつながる、興味深いテーマです。そして知られざるこれらの作品に触れられた喜びも感じさせる、非常に興味深いアルバムでありました。





