クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

《Un///known》「作者とは何か」を問いかける三つのピアノ三重奏曲

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今晩は、2026年7月10日にSWR Musicからリリースされた、Trio E.T.A.による《Un///known》を聴きます。
収録曲は以下の通り。
 
セザール・フランク
ピアノ三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op.1-1
Ⅰ. Andante con moto
Ⅱ. Allegro molto
Ⅲ. Finale: Allegro maestoso
 
エドヴァルド・グリーグ
アンダンテ・コン・モート ハ短調 EG116
(未完のピアノ三重奏曲より)
 
(旧ブラームス作品) ピアノ三重奏曲 イ長調(付録IV・第5番)
Ⅰ. Moderato
Ⅱ. Vivace – Trio
Ⅲ. Lento
Ⅳ. Presto
 
Trio E.T.A.
エレーネ・メイパリアーニ(ヴァイオリン)
ナジャ・ライヒ(チェロ)
ティル・ホフマン(ピアノ)
 
録音:2025年8月5~8日 SWR室内楽スタジオ(シュトゥットガルト)
 
ちょっと珍しいピアノ・トリオ作品集です。タイトルは《Un///known》と意味深につけられていますね。あえて三本のスラッシュでUnとknownを区切っています。このデザインには、おそらくアルバム全体のコンセプトが込められているのでしょう。
 
収録されているのは三つの「知られざる」作品。
まずは17歳のセザール・フランクがパリでの成功を目指して書いた作品1の第1番。後年の《ヴァイオリン・ソナタ》や《ピアノ五重奏曲》が知られていますが、この初期作品は現在では演奏される機会も録音も決して多くありません。
 
グリーグの《アンダンテ・コン・モート》。これは完成されなかったピアノ三重奏曲の唯一残された楽章です。
 
そして最後は、ピアノ三重奏曲イ長調。1938年にはブラームスの若き日の作品として出版されましたが、その後の研究によりブラームス作ではないことが判明しました。本当の作曲者はいまだ不明です。以前はブラームスのピアノ三重奏全集にも収められていたという作品。
 
つまりこのアルバムには、知られざる初期作品、未完のため埋もれた作品、そして作者すら分からない作品、という、三種類の「Unknown」が集められています。そう考えると、《Un///known》というタイトルの三本のスラッシュは、それぞれの作品を象徴しているようにも見えてきます。
 
演奏しているTrio E.T.A.は2019年にハンブルクで結成された、エレーネ・メイパリアーニ(ヴァイオリン)、ナジャ・ライヒ(チェロ)、ティル・ホフマン(ピアノ)によるピアノ三重奏団。名称は作家・作曲家・音楽評論家として多面的に活動したE.T.A.ホフマンに由来します。2021年のドイツ音楽コンクールで受賞。2026年には大阪国際室内楽コンクールで第1位を獲得しています。
 
ブックレットは非常に読み応えがあり、作品解説だけではなく、「作者とは何か」「作品の帰属とは何か」という音楽学的なテーマまで掘り下げています。
 
早速聴いてみます。
まず録音。ジャケットにある配置のように左右に弦、後ろにピアノですが、特にピアノが奥に引っ込んだ音の作り。三人がそれぞれソロで合わせるのではなくて、包み込むようなピアノの音の中で他の二人がそのサウンドの中に溶け込んでいるよう。
Dolby Atmosで聴くとさらにそれは強調されて、はるか奥に位置するピアノ、手前にいながらも深いホールトーンに包まれたヴァイオリンとチェロ。非常に独特な音。そしてピアニッシモが非常に美しい。ユニークだけれどいい録音です。
 
そしてフランクの《ピアノ三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op.1-1》。17歳のフランクは、まだ教会オルガニストとして名声を得る前で、父親の期待を背負い、パリでピアニスト兼作曲家として成功を目指していた青年でした。この三重奏曲は、若き才能が自らの技術と創造力を世に示すための「名刺代わり」ともいえる作品だったとのこと。ほぼ30分かかる大作です。
第1楽章は、アレグロではなくAndante con motoで静かに始まります。冒頭はピアノが低音をぽつ、ぽつと刻み始めるという、実に個性的な開始で、やがてチェロがシンプルな主題を奏でます。他にはない不思議な魅力がありますね。ゆっくりと歩みを進めるような音楽は、次第に厚みを増し、大きなクライマックスへ向かいます。ブックレットでヴァイオリニストのエレーネ・メイパリアーニが触れているように、突然休止の後に三人が一斉に奏でる嬰ヘ音のユニゾンは、この作品の象徴的な瞬間。また、第2主題は単純な音階のような旋律ですが、その素朴さがかえって深い感動を生み出しています。またチェロのトレモロのパッセージなど独特で、若きフランクの意欲的な姿勢が聴こえてきます。最後もピツィカートのピアニッシモからいきなりフォルテッシモという終わり方もユニーク。
第2楽章は一転して、スケルツォ風の緊張感あふれる音楽。ピアノがオクターブで動く後を弦楽器が追いかけていく対位法がフランクらしいです。リズムの鋭さと三人の掛け合いが際立ちます。トリオはシンプルな和声ですが、弱音のユニゾンが美しい。
そして終楽章はアタッカで突然のピアノの上行型パッセージから開始されます。ユニーク。美しいメロディを挟み、第1楽章からの4分音符のシンプルな音階メロディが素材が回帰し、堂々としたフィナーレを築き上げます。この循環形式はフランクらしいですね。
もちろん、成熟期のフランクほど構成は洗練されていません。若書きらしい勢いや感情の噴出、大胆すぎるほどの展開も見られます。けれどもそれこそがこの作品の魅力だと感じます。ここには若い才能ある作曲家の意欲と自信が感じられます。
Trio E.T.A.の演奏は弦楽器はヴィブラートを抑えてハーモニーを大切にし、ピアノは主役になると存在感を際立たせて、この珍しい作品への共感が感じられる演奏です。
 
グリーグの《アンダンテ・コン・モート ハ短調 EG116》は、1877年に書かれたピアノ三重奏のための単一楽章です。完成した多楽章作品にはならなかったものの、約8分の独立した作品として高い完成度をもっています。冒頭はピアノがシンコペーションを刻み、ヴァイオリンとチェロがユニゾンで静かに主題を歌い始めます。北欧的な民俗色を強く押し出すというより、ドイツ・ロマン派の室内楽に通じる重厚さと、グリーグ特有の息の長い旋律と、和声の繊細な色彩の変化には、のちの《抒情小曲集》へとつながる詩情がすでに感じられるように思いました。
 
そしてこのアルバムで最も興味深い作品が、《ピアノ三重奏曲 イ長調 Anh. IV/5》でしょう。
1938年、この作品は当時のブラームス研究の第一人者が、自筆譜をもとに彼の作品と判断したため、若きブラームスが1853年頃に書いた「失われたピアノ三重奏曲第5番」として出版され、以後しばらくは、多くの演奏家や研究者がブラームス作品として受け入れ、実際に演奏会でも取り上げられました。
ところが、その後の研究によって筆跡や楽譜の来歴、様式分析などが改めて検討された結果、ブラームス本人の作品である可能性は極めて低いことが判明します。
現在では、自筆譜は作曲家フリードリヒ・キールの遺品に由来した可能性が高いと考えられています。ただしキール自身の作品ではなく、もっとも有力なのは、ベルリンで彼の作曲クラスに学んだ門下生の作品とする説ですが、決定的な証拠はなく、真の作曲者はいまだ不明です。そのため、この作品はブラームス作品目録では「Anh. IV/5(付録IV・第5番)」つまり「かつてブラームス作品とされた疑作」として付録に収録されています。
とはいえ、この作品がブラームスを思わせることも事実です。第1楽章冒頭の雄大な主題、第2主題の展開、終楽章まで一貫した構成感覚には、若きブラームスを連想させる場面が少なくありません。ブックレットでも、「30秒以内にブラームスだと断言できる人はいないだろう」という音楽学者の言葉を引用しながら、この作品の魅力は「ブラームスか否か」という二者択一ではなく、19世紀ドイツ・ロマン派の共通する語法の中にあると指摘しています。
実際、作曲者が誰であれ、この作品は完成度の高いロマン派のピアノ三重奏曲です。第1楽章は堂々としたスケールをもち、私の耳にはブラームスの作と言われてもあまり違和感なく受け入れられる充実した内容です。滑らかな主題と付点によるピアノの主題が拮抗しつつ堂々としたソナタ形式が展開していきます。主題は少しハンガリー的な風合いもあって、それがさらにブラームスっぽくしていますね。第2楽章のスケルツォは軽快な躍動感にあふれ、トリオでは柔らかな響き。第3楽章では静かなハーモニーの変化が美しく、叙情的な歌が深まっていきます。終楽章は力強く全曲を締めくくります。何も先入観を与えられずに聴けば純粋に大変魅力的な室内楽作品として受け入れられるのではないでしょうか。
 
Trio E.A.T.の演奏は弦楽器はヴィブラートを控えめにしてハーモニーを重視しつつ、ピアノは主張すべきところは大いに出つつもアンサンブルを重視しています。素晴らしいトリオですね。
 
このアルバム《Un///known》のタイトルは、「知られざる作品」という意味だけではなく、「誰が作曲したのか分からない作品」というもう一つの意味も含んでいるのでしょう。その象徴が、このイ長調三重奏曲で、ブラームスではないことは分かっていても、本当の作曲者は分からない──まさにUnknownのまま。しかし書法はブラームス的な部分も多いのです。Unknownとは、単に知られていない作品ではなく、『作者とは何か』という問いそのものだったのかもしれません。
 
色々考えさせられますね。もし誰かがブラームスの書法を完璧に身につけ、その様式で新しい作品を書いたとしたら、それはいったい誰の作品になるのでしょう。AIの時代には、まさにそうした問いが現実のものになりつつあります。AIが「ブラームス風」の作品を生み出したとき、その作品はAIのものなのか、それともブラームスの様式に依拠した新しい創作なのか。著作権の問題にもつながる、興味深いテーマです。そして知られざるこれらの作品に触れられた喜びも感じさせる、非常に興味深いアルバムでありました。

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透明な音が甦らせるゴルトマルクとシベリウス ― パク・スーイエの新鮮な名演

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今晩は、2026年7月3日にBISからリリースされた、パク・スーイエ(ヴァイオリン)、ヴァレンティン・エーゲル指揮、ベルリン放送交響楽団による《Goldmark and Sibelius: Works for Violin and Orchestra》を聴きます。
 
収録曲は以下の通り。
 
カール・ゴルトマルク
ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品28
Ⅰ. Allegro moderato
Ⅱ. Air. Andante
Ⅲ. Moderato – Allegretto
 
ジャン・シベリウス ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための組曲 JS185
Ⅰ. Country Scenery
Ⅱ. Serenade. Evening in Spring
Ⅲ. In the Summer
 
《2つの厳粛な旋律》作品77
Ⅰ. Cantique(Laetare anima mea)
Ⅱ. Devotion(Ab imo pectore)
 
《2つのユモレスク》作品87
第1番 ニ短調 第2番 ニ長調
 
パク・スーイエ(ヴァイオリン)
ヴァレンティン・エーゲル(指揮)
ベルリン放送交響楽団
 
ここでソリストを務めているパク・スーイエ(2000年生まれ)は、韓国出身のヴァイオリニスト。9歳でドイツに渡り、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で研鑽を積んだ後、2017年にBISからパガニーニ《24のカプリース》で鮮烈なCDデビューを果たします。その後もシマノフスキ作品集やイサン・ユンのヴァイオリン協奏曲など意欲的な録音を発表しています。2025年には世界最高峰の一つであるジャン・シベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで優勝(第2位は日本の吉田南さん)しています。私のnote・ブログでは以下のアルバムを取り上げました。

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このアルバムの着想が面白いですね。
ゴルトマルクとシベリウスは35歳離れていますが、二人とも優れたヴァイオリニストであり、ウィーンでは実際に師弟関係にありました。シベリウスはかなりヴァイオリンが弾けて、ウィーン・フィルのオーディションを受けていますが、不合格になっています。もし合格していたら彼は作曲の道には行かなかったかもしれません。ゴルトマルクはその頃ウィーンで著名なヴァイオリン奏者として知られていて、滅多に弟子を取らなかったとのこと。シベリウスは彼に習っているというだけで話題になったとか。
ブックレットでは、シベリウスの《ヴァイオリン協奏曲》初稿に現れる行進曲風の主題が、ゴルトマルクの協奏曲との関連を思わせることまで指摘しています。意外な関係ですね。
 
早速聴いてみます。
 
カール・ゴルトマルクの《ヴァイオリン協奏曲 イ短調》作品28は、1877年の作。ほぼ同じ頃にブラームス(1878年)やチャイコフスキー(1878年)の名作協奏曲も相次いで生まれたため、現在ではその影に隠れがちな作品です。実演では滅多に出会うことがないのですが、ミルシテインやパールマンがレパートリーに入れていたヴァイオリン弾きにとっては大切な作品です。
この時期のゴルトマルクは、歌劇《シバの女王》が1875年に成功を収め、翌1876年には交響曲《田舎の婚礼》も発表するなど、作曲家として最も充実した時期を迎えていた頃で、協奏曲はその勢いの中で生まれた作品でしょう。
ゴルトマルク自身はもともとヴァイオリニストだけあって、この楽器の性格をよく知っていて、この協奏曲には重音、急速な走句、跳躍、アルペッジョ、フラジオレットなど高度な技巧が盛り込まれています。しかしこの曲の魅力はなんといっても息の長いメロディですね。そして独奏ヴァイオリンはオーケストラの上に君臨するというより、管弦楽の色彩の中から現れ、再びそこへ溶け込んでいきます。ちょっと珍しいのはオーケストラにトロンボーンが使われていて、オペラや交響詩を思わせる重厚な響きが生まれています。
 
まずは録音が素晴らしい。Bis的な広く深い音場、細かい音を拾いつつも全体的なサウンドとしての統一感があります。そしてDolby Atmosで聴くと本当にホールの真ん中の席で聴いているかのよう。
 
第1楽章Allegro moderato、まずはオーケストラの響きが深い。ベルリン放送交響楽団はこのオケ独特のいい音がしますね。濁りがなくてそれでいてドイツらしい深い低音。まるで透明度の高い湖のような音、と言ったらいいかしら。好きなオケです。
指揮のヴァレンティン・エーゲルもいい仕事しています。この方はつい先日、ライヒャの交響曲という珍しい作品で指揮をしていて、ちょっと注目していました。これから出てくるかも。

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冒頭に現れる低弦による暗く切迫したリズムによるハンガリー風の行進曲主題が全体を支配します。そして陰影のある独奏ヴァイオリンが入ってきます。パク・スーイエは往年のヴァイオリニストの演奏とは一味違って、少しクール。決して過剰に感情を移入しすぎず、深い音色で第1主題を奏でます。ヴィブラートは深くかけすぎず、常にコントロールしていますね。時にポルタメントを入れますが、決していやらしくない、滑らかで自然なもの。
第2主題的な部分では、独奏ヴァイオリンがワーグナー的な途切れのない旋律線を奏で、オーケストラはメンデルスゾーンを思わせる軽やかな伴奏型も聞かれます。ここでスーイエはゆったりとしたテンポをとり、温かい音色。低音から高音までムラなく美しい音色とフレージング。
展開部では技巧的な走句と管弦楽の厚い響きが交錯します。弦楽器群によるフーガ的な部分もあり、ゴルトマルクの作曲技法が非常に高い水準であることがよくわかります。そしてトロンボーンが加わることでシンフォニックになりますね。
そしてカデンツァが置かれます。ここでもスーイエは感情に溺れすぎず、透明な音色を積み重ねて行きます。表現を決して大袈裟にせず、あくまで静か。そして再現部。最後には通常のソナタ形式の終結部とは思えない長いコーダが続きます。スーイエの演奏では、この重厚さが過度に粘らず、行進曲の輪郭と各声部が明確にされるため、作品が古めかしく聴こえません。
 
第2楽章は「Air」と題されたヘ長調の緩徐楽章です。題名の通り、独奏ヴァイオリンの旋律美が中心となります。形式はおおむね三部形式ですが、区切りがはっきり示されるというより、一つの長い歌が呼吸を続けながら進んでいくのが後期ロマン派の醍醐味ですね。主題には3拍子のサラバンドを思わせる荘重なリズムがあり、単なる甘美なロマンスではなく、静かな祈りや内省を感じさせる音楽。和声はしばしば予想外の方向へ移り、終止しそうになると次の旋律へ流れ込んでいきます。この楽章では、濃厚なポルタメントや大きなルバートを用いると、いかにも19世紀的な演奏になりがちですが、パク・スーイエは音を過度に膨らませず、細く長い線として旋律を保つため、甘美でありながら清潔で、現代的な静けさを感じさせます。
 
終楽章はイ長調を中心とする、ポロネーズ風の華麗な楽章です。冒頭はModeratoで始まり、やや儀式的で重々しい雰囲気をもっていますが、やがてAllegrettoへ移ると、独奏ヴァイオリンが軽快な舞曲を繰り広げます。
ヴァイオリン独奏には重音、急速なスケール、分散和音、弦をまたぐ跳躍などが連続してヴィルトゥオーゾ的。しかし派手さだけではなく、オーケストラの堂々とした舞曲リズムと結びつくことで、祝祭的な広がりを生み出しています。そしてやはりゆっくりとした主題はとても魅力的。息の長いフレーズがゴルトマルクの美点です。
中間にはこの曲の大きな特徴である非常に長大なカデンツァが置かれています。このカデンツァは、短縮される演奏もありますが、今回のパク・スーイエ盤では完全な形で演奏されています。この部分、まるでバッハの無伴奏曲のように重音が積み重なり、徐々に素早い音の連続。カデンツァだけで5分近くもかかるという大作。ここでは彼女の切れ味のある技巧が冴えますね。カデンツァの後、ポロネーズ主題が戻り、イ短調で始まった協奏曲は、明るいイ長調の輝きの中でヴァイオリンの16分音符が延々と続く細かく技巧的な長いパッセージとともに堂々と閉じられます。
 
この協奏曲は、ブラームスのような構築性、メンデルスゾーン的な軽やかなヴァイオリン書法、ワーグナーの持続的な旋律、リスト的なオーケストレーションと主題変容、そしてハンガリーやポーランドの舞曲的要素が共存している名曲ですね。そしてただそれらの折衷に終わらず、ゴルトマルク特有の色彩豊かな管弦楽と長い歌が本当に魅力的。
パク・スーイエの演奏で聴くと、作品にまとわりつきやすい濃厚な後期ロマン派の衣が取り払われ、主題の形やリズム、オーケストレーションの鮮やかさが直接耳に届いてきます。
 
続く《ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための組曲》は1929年、シベリウス64歳の作品。私は初めて聞きます。交響曲第7番や交響詩《タピオラ》を書き終えた晩年の作。しかし世界恐慌の影響で出版は見送られ、シベリウス自身も自筆譜には「Sketch. Must be revised!(スケッチ。改訂すべし!)」と書き込みを残し、結局改訂は行われず、作品は長い間ほとんど忘れられていたそうです。ようやく現在では、シベリウス晩年の小品として演奏される機会が増えているとのこと。
最初の曲は、穏やかな田園風景を描いたような小品。素朴な旋律が弦楽器の柔らかな伴奏に乗って歌われ、北欧の静かな自然を思わせます。派手な技巧よりも、シベリウス特有の簡潔な旋律美が印象的です。
第2曲 Serenade – Evening in Spring(セレナード ― 春の夕べ)は春の夕暮れを思わせる静かな空気が漂い、ヴァイオリンは独唱のように歌います。和声は決して複雑ではありませんが、弦楽器の清潔な響きの中にほのかな憂いが感じられ、シベリウスらしい北欧の詩情が凝縮されています。
第3曲 In the Summer(夏に)では一転して軽快な常動曲。ヴァイオリンが休みなく細かな音型を奏で、夏の日差しや風の爽やかさを思わせる軽やかな音楽が続きます。技巧的ではありますが決して華美ではなく、あくまでも自然な流れの中で終曲を締めくくります。
パク・スーイエの音色は、この作品と非常に相性がいいですね。余計な感情を加えることなく、シベリウスが描いた北欧の空気や光をそのまま聴かせてくれます。派手さはありませんが、聴けば聴くほど味わいが深まる、隠れた名品だと思いました。
 
《2つの厳粛な旋律》は1914~15年に書かれ、当初はチェロと管弦楽のための作品として構想された後、ヴァイオリン版をはじめ複数の編成に編曲されています。この頃のシベリウスは、戦争の影響で海外との交流が途絶え、経済的にも厳しい状況に置かれる一方、交響曲第5番の改訂にも取り組んでいて、創作上の苦闘が続いていた時期。そうした状況の中で生まれたこの作品には、華やかさよりも内面的な祈りや静かな精神性が色濃く感じられます。
第1曲 Cantique(Laetare anima mea)。「Cantique」は「賛歌」「聖歌」という意味。ラテン語の副題「Laetare anima mea」は「わが魂よ、喜べ」という意味で、詩篇を思わせる言葉です。シベリウスがラテン語の曲名を付けるのは珍しいですね。宗教音楽ではありませんが、三拍子のゆったりとした歩みの中に、まるで賛美歌のような清らかな旋律が流れます。深い信仰を語るというより、大自然の中で静かに祈るような、シベリウスらしい精神世界が感じられます。
第2曲 Devotion(Ab imo pectore)。「献身」と訳されることが多く、副題の「Ab imo pectore」はラテン語で「心の底から」「心の奥底より」を意味します。時折不安や緊張感をにじませながら進み、旋律は決して感情を大きく爆発させることはなく、静かな情熱を内に秘めたまま終結します。
この2曲は演奏時間こそ短いものの、シベリウスの宗教的・精神的な側面を知るうえで非常に興味深い作品です。パク・スーイエは過度な感傷を避け、旋律の純粋な美しさを際立たせています。その抑制された表現によって、作品が持つ静かな祈りのような雰囲気が、より深く伝わってきます。
 
最後の《2つのユモレスク》作品87は1917年に作曲され、交響曲第5番の最終稿(1919年)の完成とほぼ同じ時期に生まれました。「ユモレスク」といっても、ドヴォルザークのような親しみやすい作品ではなくて、「気まぐれ」や「幻想曲」といった雰囲気で、短い中に抒情性や機知、北欧らしい翳りが凝縮されています。
第1番は「Comodo(ゆったりと)」で始まり、穏やかで語りかけるような旋律が印象的。スーイエのヴァイオリンは技巧を誇示することなく、自由な歌を紡ぎながら弦楽オーケストラと対話を重ねます。軽妙さの中にも北欧特有の哀愁が漂い、どこか物思いにふけるような雰囲気を醸し出します。
第2番は一転して「Allegro assai」。軽快なリズムと躍動感に満ち、独奏ヴァイオリンは流れるようなパッセージを次々と繰り広げます。技巧的ではありますが華美ではなく、自然体のまま音楽が前へ進んでいくのがシベリウスらしいところです。終始爽やかな空気が流れ、アルバムの締めくくりにもふさわしい軽やかな作品となっています。
パク・スーイエは、この曲でも澄んだ響きと端正なフレージングを生かし、過度な感傷を排した演奏を聴かせます。軽妙さと抒情性の絶妙なバランスによって、シベリウス晩年の簡潔で洗練された美しさが自然に浮かび上がってきます。
 
このアルバムを通して感じたのは、パク・スーイエの演奏が作品を必要以上にロマンティックにせず、クールな音色で作品そのものを際立たせていることです。とりわけゴルトマルクの協奏曲は、19世紀の名作というよりも現代的な新鮮さを感じさせ、埋もれた傑作の魅力を改めて教えてくれる演奏だと思いました。これにBISらしい鮮明で自然な録音も加わり、ゴルトマルクとシベリウスという師弟を新たな視点から結び付けた、聴き応えのあるアルバムでありました。

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世界を巡る音楽の絵葉書 ― スティーヴン・ハフ《Piano Postcards》

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今晩は、2026年7月3日にHyperionからリリースされた、スティーヴン・ハフによる《Piano Postcards》を聴きます。
 
収録曲は以下の通り。
《メリー・ポピンズ》組曲(スティーヴン・ハフ編) ・チム・チム・チェリー ・小さな鳥に餌を ・スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス
エイブラム・チェイシンズ:前奏曲 変ホ短調 作品12-2
ラフマニノフ:前奏曲 嬰ト短調 作品32-12
クライスラー(ラフマニノフ編):愛の悲しみ
リムスキー=コルサコフ(ラフマニノフ編):熊蜂の飛行
鄧雨賢(スティーヴン・ハフ編):春風前奏曲
山田耕筰(スティーヴン・ハフ編):赤とんぼ
映画『アナと雪の女王』より 雪だるまつくろう(スティーヴン・ハフ編)
映画『ムーラン』より リフレクション(スティーヴン・ハフ編)
映画『リメンバー・ミー』より リメンバー・ミー(スティーヴン・ハフ編)
キリーノ・メンドーサ:シエリート・リンド(スティーヴン・ハフ編)
グラナドス:アンダルーサ(《スペイン舞曲集》第5曲)
ヘンデル(ヴィルヘルム・ケンプ編):メヌエット ト短調 HWV434-4
シャミナード: トッカータ 作品39 主題と変奏 作品89 森の精たち 作品60
ドリーブ:パスピエ
マルコム・ウィリアムソン: 《旅の日記―パリ》より「花売り娘たち(マドレーヌ広場)」 《旅の日記―ニューヨーク》より「ブロードウェイ(真夜中)」
シベリウス:練習曲 イ短調 作品76-2
エデン・アーベズ(スティーヴン・ハフ編):Nature Boy
マクダウェル:野ばらに寄せて
シューマン:予言の鳥
シンディング:春のささやき
 
スティーヴン・ハフ(ピアノ)
 
「Piano Postcards(ピアノの絵葉書)」というタイトルどおり、世界各地を音楽で旅するような一枚です。
スティーヴン・ハフ(1961年生まれ)は、もうご存知イギリスを代表するピアニスト、作曲家、著述家としても活躍する現代屈指の知性派音楽家です。ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管など世界の名門オーケストラと共演し、Hyperionへの数々の録音でも高い評価を得ています。2022年には音楽への功績によりナイト爵位を授与されました。
私のブログではハフの作曲作品を取り上げました。

picolist.hateblo.jp

 

 
そんな彼の楽しいアルバムです。ディズニー映画音楽から始まり、ラフマニノフ、クライスラー、グラナドス、シャミナード、シベリウス、シューマンへ。そして日本の《赤とんぼ》、台湾の鄧雨賢《春風前奏曲》、メキシコ民謡《シエリート・リンド》まで、時代も国境も軽やかに飛び越えていきます。
ブックレットの中でハフは、短いピアノ小品は「絵葉書」のようなものだと書いています。ほんの数分の音楽の中に、旅の思い出や風景、郷愁、ユーモア、そして愛情まで封じ込めることができる――そんな考えから生まれたアルバムです。
このような小品は、SPレコード時代には片面にちょうど収まる長さだったこともあり、演奏会でもレコードでも非常に親しまれていました。しかしLP時代からCDになるとちょっとした小品よりも長大な作品の方に重心が移って行きます。そのため優れた小品が最近ではなかなか聴くことができなくなっていますが、こういったアルバムは嬉しいところ。そして一曲一曲が絵葉書のようなメッセージが伝わってきます。
また初めて出会う作品も少なくありません。こうした忘れられた名曲に出会えるのも、このアルバムの大きな魅力でしょう。
 
1曲ずつじっくり聴いてみます。
 
まずは映画「メリー・ポピンズ」の楽曲が3曲。《チム・チム・チェリー》は1964年のディズニー映画『メリー・ポピンズ』を象徴する一曲。煙突掃除夫バートが歌うこの素敵なメロディを、ハフは少しミステリアスな雰囲気から映画の温かさを残しながらも、分散和音を華麗に使用してピアノ曲として聴かせます。
《小さな鳥に餌を》はウォルト・ディズニーが「映画の中で最も好きだった曲」と語った名曲。ロンドン・セントポール大聖堂前で鳩の餌を売る老女を描いた静かな歌です。ハフは原曲の祈りにも似た優しさをそのままピアノに移し替えて美しく演奏しています。いいアレンジです。
《スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス》は世界で最も長い曲名と言われる早口言葉のような題名で知られる映画屈指の人気曲。ハフの編曲は単なる映画音楽の編曲ではなく、ベートーヴェンやウェーバー、リムスキー=コルサコフ、さらにはストラヴィンスキーまで顔をのぞかせる遊び心に満ちています。アンコール・ピースとしても映える超絶技巧の一曲です。
 
続くチェイシンズ作曲の《前奏曲 変ホ短調》、これは初めて聴く曲です。日本ではほとんど知られていないエイブラム・チェイシンズですが、20世紀前半のアメリカでは、ピアニスト、作曲家、教育者、そして人気ラジオ番組の司会者として活躍した音楽界の名士だったとのこと。この《前奏曲》は、彼自身が担当したラジオ番組『Piano Pointers』のテーマ曲としてアメリカでは長く親しまれた作品。ロシア音楽を思わせる深い郷愁をたたえた旋律が印象的で、短いながら忘れがたい余韻を残します。
 
ラフマニノフの《前奏曲 嬰ト短調》は《前奏曲集》作品32の掉尾を飾る名作。ロシアからの絵葉書。左手の深い歌の上を、右手のきらめく音型が絶え間なく流れ続けます。ロシア特有の郷愁とラフマニノフならではの豊かな和声が凝縮された、まさに小さな傑作です。ハフは深みのあるタッチでこの曲を単なる小品として以上に高めています。
 
続く《愛の悲しみ》はクライスラーの代表作をラフマニノフ自身がピアノ独奏用に編曲した名編曲。ウィーンからロシア経由の絵葉書。このアレンジすごく好きです。単に旋律を追っていくだけでなく、さらにラフマニノフらしい哀愁が加わり、また名ピアニストとしての技巧もたっぷりと負含まれていますね。失われた恋だけでなく、「古き良きウィーン」への郷愁まで感じさせる旋律が美しく、ハフも歌心を大切にしながら、技巧を全面に出さずに豊かな響きでこの名曲を奏でています。
 
《熊蜂の飛行》はご存知リムスキー=コルサコフの歌劇《サルタン皇帝の物語》から生まれたショーピース。ここでもラフマニノフのアレンジ。原曲を大胆に短縮し、アンコール・ピースにふさわしい鮮やかな作品へ仕立てました。ハフも滑らかな技巧を披露しますが、速さだけではなく、一音一音の粒立ちの美しさが際立っています。
 
《春風前奏曲》は台湾からの絵葉書。鄧雨賢の作品を、ハフが繊細なピアノ曲へ編曲しました。鄧雨賢(1906–1944)は、日本統治時代の台湾で活躍した作曲家で「台湾歌謡の父」とも称される存在ですが、日本ではもうあまり知られていませんね。日本の音楽教育を受けながら、西洋音楽と台湾民謡を融合させた独自の作風を築いた人。《望春風》《雨夜花》《四季紅》《月夜愁》は現在でも「台湾四大名曲」として親しまれ、台湾では誰もが知る作曲家です。《春風前奏曲》は、そんな鄧雨賢の抒情的な旋律を、スティーヴン・ハフが美しいピアノ独奏曲へと編曲しています。台湾の春風を思わせる穏やかな旋律は、とても懐かしく響きます。
 
そして日本からの絵葉書は《赤とんぼ》。こう言った日本の曲は昔はよく名演奏家が取り上げていました。ランパルとか。でも最近はあまり聴かなくなりましたね。ハフは原曲の素朴さを損なうことなく、非常に美しいピアノ独奏曲に仕上げています。包み込まれるようなサウンドにふさわしい、いかにもハフらしいアレンジです。
 
ここからディズニーの曲が3曲。これらのアレンジはラン・ランの「ディズニー・ブック」というアルバムのためにハフがアレンジしたんだそう。そうだったのか、ちょっと驚き。
映画『アナと雪の女王』から《雪だるまつくろう》。幼いアンナがエルサに語りかける場面の愛らしい歌。年月とともに成長していく二人の姿も重ねられた印象的なナンバーです。ハフの編曲では、一台のピアノだけで切ないメロディを見事に発展させています。
《リフレクション》はディズニー映画『ムーラン』の主題歌。自分らしく生きたいという主人公ムーランの心情を描いた名曲。ハフは豊かな和声で旋律を包み込み、内省的な美しさを引き出しています。
《リメンバー・ミー》は映画『リメンバー・ミー(Coco)》の象徴ともいえる一曲。「忘れないで」というシンプルなメッセージが、家族の絆や記憶の大切さを静かに語りかけます。ハフは歌の温もりをそのままピアノへ移し替え、映画とはまた違った親密な世界を描いています。
こうやって聴いてくると、ハフはかなり素晴らしいピアノのアレンジャーですね。さすがです。
 
続く《シエリート・リンド》はメキシコからの絵葉書。「アイ、アイ、アイ……」という印象的なフレーズは世界中で親しまれています。タイトルは「美しい愛しい人」という意味。ハフの編曲は民謡らしさを残しながら、コンサート・ピースとしての華やかさも加えています。
 
《アンダルーサ》はスペインから。グラナドス《スペイン舞曲集》第5曲。「祈り(プラジェーラ)」の副題でも知られる名作です。アンダルシアの情熱と哀愁が同居する旋律は、スペイン音楽の魅力を凝縮したような美しさ。ハフは豊かな歌心で、その情熱を自然に表現しています。
 
《メヌエット ト短調》はヘンデルのクラヴサン組曲から、ヴィルヘルム・ケンプがピアノ用に編曲した有名なアレンジ。ここでのハフの演奏は舞曲的ではなくてゆったりと演奏することで深い瞑想と静かな気品に溢れた世界を築き上げています。
 
ここからセシル・シャミナードの小品が3曲続きます。シャミナードはフランス近代の女流作曲家で、フルートと管弦楽のための《コンチェルティーノ》によって笛吹きには非常によく知られていますが、一般的にはまだまだ馴染みが薄いかも。サロン的な音楽で軽くみられがちですが、シャミナードは当時非常に人気のある作曲家でアメリカではファンクラブがあったとか。ハフはシャミナードを大変評価していて、今までも多くの録音をしているとか。徐々に知られつつありますね。
シャミナードについてはこちらで面白いエピソードを取り上げました。かなり気の強そうな方。

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《トッカータ》は彼女のヴィルトゥオーゾ的な面が聴ける作品。軽快なリズムと流れるようなパッセージが続き、技巧的でありながら実にエレガントです。近年再評価が進むシャミナードの魅力を改めて感じさせる一曲。
《主題と変奏》はシャミナードらしい優雅さが光る変奏曲。古典的な主題をもとに、表情を少しずつ変えながら音楽が展開していきます。技巧を誇示するというよりも、洗練されたフランスのサロン文化を感じさせる作品で、ハフも自然な歌心を大切に演奏しています。
《森の精たち》はシャミナードのピアノ曲の中でも最も親しまれてきた作品。自作自演の録音も残されていますね。幻想的な第一主題と、軽やかに舞うような第二主題との対比が美しく、ハフの透明感あるタッチが作品の魅力を一層引き立てています。
 
続く《パスピエ》はドリーブがヴィクトル・ユーゴーの戯曲『王はお楽しみ』のために書いた劇付随音楽からの一曲。17~18世紀の宮廷舞曲を思わせる優雅なリズムと、どこか洒落たフランスらしい香りが魅力です。わずか2分足らずながら、気品あふれる小品です。
 
続いてウィリアムソンの曲が2曲続きます。
マルコム・ウィリアムソン(1931–2003)は、オーストラリア生まれの作曲家でありながら1975年から亡くなるまで英国王室の「Master of the Queen’s Music(女王の音楽師範)」を務めた異色の存在。この称号は彼の前はアーサー・ブリス、その前はアーノルド・バックスと英国の作曲家が続いている中で珍しい。交響曲やオペラ、映画音楽、合唱曲など幅広い作品を残しましたが、とりわけ親しみやすく色彩感豊かな小品にも魅力があります。《花売り娘たち》《ブロードウェイ(真夜中)》は、ピアノ曲集《Travel Diaries(旅の日記)》からの2曲。旅行先で目にした街角や夜景を音楽のスケッチとして描いた作品で、アルバムの「音楽の絵葉書」というコンセプトにぴったり寄り添っています。
 
シベリウスの《練習曲 イ短調》は《13の小品》作品76からの1曲。北欧からの絵葉書です。タイトルは「練習曲」ですが、あまり技巧的ではなくて練習というより性格的な小品。北欧らしい澄んだ空気感と、簡潔な書法が印象的で、シベリウスならではの世界です。
 
《Nature Boy》は1948年にナット・キング・コールの歌で世界的なヒットとなったスタンダード・ナンバー。「人生で最も大切なのは、愛すること、そして愛されること」という歌詞は、多くの人の心を打ってきました。ハフはジャズの名曲をあまりジャズっぽくせず、まるでショパンのノクターンのような雰囲気の静かなピアノ曲へと生まれ変わらせています。
 
《野ばらに寄せて》はアメリカの作曲家エドワード・マクダウェルの代表作。ピアノを学んだ人には懐かしい作品かも。親しみやすい旋律には、森の中に咲く一輪の野ばらを見つけたような喜びがあります。短いながら、ほっと心が和む一曲です。ハフはさすがで美しい音色とタッチでシンプルなこの曲を聴かせます。
 
シューマンの《予言の鳥》は《森の情景》の中でも、とりわけ独特な神秘的な世界です。私が初めてこの曲を聴いたのはあるピアノリサイタルでのアンコールでしたが、これがシューマン?と思った記憶があります。静かなアルペッジョの上に、不思議な旋律が現れては消えていきます。ハフはブックレットで「奇跡のような神秘」と表現していて、納得できますね。
 
そしてアルバムを締めくくるのは、シンディングの代表作、《春のささやき》。流れるようなアルペッジョの上を、美しい旋律が少し翳りをもった春風のように歌います。ハフのあくまで美しく柔らかいピアノの音色が静かな余韻のうちにこのアルバムを終えます。
 
録音はロンドン、ケンティッシュ・タウンの聖サイラス殉教者教会というところで収録されています。ピアノはヤマハ CFXで、非常に柔らかい音色。日本人が調律にあたっていますね。
Apple MusicのDolby Atmosで聴くと、教会独特の豊かな響きに包み込まれるような心地よさがあります。このアルバムは特にAtmosとの相性が良く、派手な空間演出ではなく、教会の自然な残響に包み込まれるような感覚が楽しめます。一方で、HQPlayerによるステレオ再生では、ピアノそのものの音色や倍音の純度、一音一音の質感が際立ちます。Atmosは「その場の空気」を楽しみ、HQPlayerは「ピアノそのもの」を味わう、という感じでしょうか。
 
Hyperionらしい上質な録音と、スティーヴン・ハフの豊かな教養と遊び心が見事に結実した、心温まるアルバム。聴き終えたあとには、本当に世界中から届いた美しい絵葉書を一枚ずつ眺め終えたような、穏やかで満ち足りた気持ちになりました。

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ロンベルクの室内楽集 フルートと弦が紡ぐ豊かな世界

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今晩は、2026年7月3日にCPOからリリースされた、アルディンゲロ・アンサンブルによる《Bernhard Romberg: Flute Quintet, Divertimento & Grand Trio》を聴きます。
収録曲は以下の通り。
 
ベルンハルト・ロンベルク:
フルート五重奏曲 ト長調 Op.1-3
Ⅰ. Allegro
Ⅱ. Menuetto
Ⅲ. Andante poco Adagio
Ⅳ. Rondo
 
ディヴェルティメント ト長調 Op.40
 
大三重奏曲 ヘ長調 Op.8
Ⅰ. Allegro
Ⅱ. Lento
Ⅲ. Minuetto. Vivace – Trio – Minuetto
Ⅳ. Rondo
演奏
アルディンゲロ・アンサンブル
カール・カイザー(フルート)
アネット・レーベルガー(ヴァイオリン)
ゼバスティアン・ヴォールファルト(ヴィオラ)
アンナ・カイザー(ヴィオラ:フルート五重奏曲)
マルティナ・イェッセル(チェロ)
 
ベルンハルト・ロンベルク(1767–1841)は、チェロを演奏される方なら教則本やチェロ協奏曲でおなじみの作曲家でしょう。しかし一般には、それほど知られた存在ではないかもしれません。私にとっては、フルート協奏曲や室内楽作品があることで以前から気になる存在でした。若い頃にはジャン=ピエール・ランパルの録音を聴き、室内楽を演奏したこともあります。
 
ロンベルクは同時代には「チェロのパガニーニ」とも称えられたヨーロッパ屈指の名チェリストでした。ベートーヴェンとも親交が深く、1795年には《チェロ・ソナタ Op.5》の初演で共演、1813年には《交響曲第7番》の初演にも参加したという、まさにベートーヴェン時代を代表する音楽家だったんですね。
そしてこのアルバムにはロンベルクが残したフルートを含んだ室内楽と弦楽三重奏が収められています。「チェリストなのにフルート作品?」と思われるかもしれませんが、18世紀末のパリではフルート室内楽が大流行しており、ロンベルクもその流れの中で優れた作品を書き残しました。実際、彼は先程も書いたようになかなか美しいフルート協奏曲も作曲しており、ロ短調のフルート協奏曲はいくつか録音もあります。
 
演奏しているアルディンゲロ・アンサンブルは、2012年にドイツ・フライブルクで結成された室内楽団。古典派から初期ロマン派にかけての室内楽をレパートリーの中心とし、とりわけハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンとその同時代の作曲家たちの知られざる作品を積極的に紹介しています。
名前の「アルディンゲロ」は、ドイツの作家ヴィルヘルム・ハインゼが1787年に発表した芸術小説『アルディンゲロ』に由来します。幻想や想像力、自由な芸術精神を象徴するこの作品名を冠していることからも、忘れられた名曲を発掘し、新たな光を当てようとする彼らの姿勢がうかがえます。
メンバーの中心は、クラシカル・フルートのカール・カイザー、ヴァイオリンのアネット・レーベルガー、ヴィオラのゼバスティアン・ヴォールファルト、チェロのマルティナ・イェッセル。五重奏作品ではヴィオラ奏者としてアンナ・カイザーが加わります。
なかでもクラシカル・フルートを吹いているカール・カイザーは、ドイツを代表するトラヴェルソ奏者・研究者の一人で、フランクフルト音楽・舞台芸術大学とフライブルク音楽大学で教鞭を執る古楽界の第一人者です。
これまでにcpoやMDGなどから、ダンツィ、アンドレアス・ロンベルク、フェルディナント・リース、ギロヴェッツなど、一般にはあまり演奏されない古典派・初期ロマン派の作品を数多く録音してきています。実はフルートと弦楽器の室内楽というのはこの時代あたりに非常にたくさん書かれていて、これらの知られざる作品を掘り下げていますね。また2024年にはモーツァルトのフルート四重奏曲集でフランスの音楽賞ディアパゾン・ドールを受賞していますから、高い実力のアンサンブルです。
 
さっそく聴いてみます。
 
まずはアルバムの中心となる《フルート五重奏曲 Op.1-3》。1798年頃に出版された作品。
一聴して録音が素晴らしい!澄んだ音色の円錐菅のクラシカル・フルート、表情豊かな弦楽器群、特にチェロが際立った存在感。フルートは時に最高音では鋭い音色を発しますがそれがまたいい刺激音でいい。ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州ノルトヴァイルのカトリック教会で収録されていますが、教会らしい残響もたっぷり捉えられているのも魅力です。
第1楽章 Allegroでは冒頭から堂々としたスケールで始まるソナタ形式による楽章です。フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ2本、チェロという編成。フルートが華やかに主導するというより、五つの楽器が次々に主題を受け渡しながら音楽を組み立てていきます。ブックレットでも、この作品は「小さな交響曲」と評されていて、まさに室内オーケストラのような響きが特徴です。当時パリで流行していた、独奏楽器を目立たせるコンチェルタンテ様式とは異なって、全員が対等に会話する室内楽となっています。そしてやはりロンベルクの作品だけあって、フルートと対等にチェロが渡り合います。構成の古典性はハイドンを思わせますが、主題の力強さや展開の巧みさには若きベートーヴェンを彷彿とさせるところもあります。
 
第2楽章 Menuettoは古典派らしい端正なメヌエット。トリオではフルートの素早い分散和音が印象的で、それは後半にチェロの難しいパッセージに引き継がれます。こういうところはチェロの名手ロンベルクならでは。全体としては軽やかで優雅な舞曲ですが、単なる宮廷舞曲ではなく、各楽器が細やかに掛け合う室内楽ならではの楽しさがあります。
 
第3楽章 Andante poco Adagioでは気高さと気品に満ちた世界が広がります。ここでもフルートだけが歌うのではなく、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロもそれぞれ美しい旋律を受け持ち、それぞれの楽器固有の音色が丁寧に描き分けられています。ロンベルクが優れた室内楽作曲家であったことを最も実感できる楽章でしょう。
 
第4楽章 Rondo、終楽章は明るく晴れやかなロンドで、軽快で親しみやすい雰囲気へと導かれます。ロンド主題が何度も戻ってくるたびに各楽器の役割が少しずつ変化し、五人の対話が最後まで続きます。
 
この作品は1798年頃の作曲とは思えないほど完成度が高く、ハイドンの後期室内楽からベートーヴェン初期へと続く流れの中に位置づけられる作品だと思います。特に内声がヴィオラ2本というのが響きの特徴で全体に厚みが感じられるサウンド。またチェロのソロが時にかなり高音で主張してきて、室内楽というよりは室内オーケストラ的と言ってもいいでしょう。フルートが華やかに技巧を披露する作品というより五人が対等に語り合う「交響的室内楽」として聴くと、この作品の魅力がより鮮明に伝わってくると思います。
 
次の《ディヴェルティメント Op.40》は1824年、ベートーヴェンが《第九》を書き上げた年の作品。ミラノの名フルート奏者ピエトロ・バラビオに献呈されていて、単一楽章ながらオペラ・ファンタジーのように場面が次々と変化していく自由な構成が魅力です。華麗なフルートの技巧と、各楽器が織りなす色彩豊かな響きは、すでに初期ロマン派の世界を感じさせます。
まず荘厳な序奏に続いてフルートが華麗な技巧を披露し、その後は四つの対照的なエピソードが展開されます。ここでもフルートだけがなくヴァイオリン、ヴィオラ、チェロも活躍して、四つの楽器が対等な立場で音楽を織り上げていきます。この「全員が対話する室内楽」という発想は、フルート五重奏曲にも共通するロンベルクの大きな特徴です。
作品の中心には主題と変奏が置かれ、それぞれの楽器が独奏者のように歌い、華麗な技巧を披露します。終結部では、それまでに現れた素材が姿を変えて再び現れ、単一楽章でありながら見事な統一感を築いています。
古典派の端正な形式を土台としながら、1824年という時代らしいロマン派の自由な発想が随所に感じられて、ロンベルクが単なるチェロの名手ではなく、豊かな色彩感と構成力を備えた作曲家であったことを改めて教えてくれます。
 
最後の《大三重奏曲 Op.8》は、1805年にブライトコプフ&ヘルテルから出版された作品で、ポーランドの貴族であり作曲家・チェリストでもあったアントン・ラジヴィウ公に献呈されています。
普通弦楽三重奏と言えばヴァイオリンが主役、チェロやヴィオラが支える役割というのがこの時代の定型パターンだと思うのですが、聞いてびっくりしたのはこの作品の最大の特徴が、完全にチェロが主役であること。チェリストだったロンベルクは、献呈相手もチェロを愛好していたことから、従来ヴァイオリンが担うことの多い主旋律をチェロに委ねました。温かく歌うような旋律と華麗な技巧を兼ね備えたチェロが作品全体を導き、ヴァイオリンとヴィオラは時に独立した声部として、時に小さなオーケストラのように支えます。
ブックレットによると、この曲はロンベルク自身が演奏旅行先で各地の演奏家と共演する際の得意曲だったのではないかと推測しています。ちょっとボッケリーニを連想しますね。高度な技巧を要求する作品でありながら、単なる見せ場の連続ではなく、4楽章形式の古典派らしい気品と均整の取れた構成を備えていますね。また華やかなヴィルトゥオジティと室内楽ならではの緊密な対話が見事に融合したこの作品は、「チェロの名手」というロンベルクの一面だけでなく、優れた室内楽作曲家としての力量を改めて感じさせてくれる一曲です。
 
ここで主役を務めるチェロのマルティナ・イェッセルは派手な国際コンクール入賞歴こそ見当たりませんが、ユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーをはじめ、アンサンブル・モデルン・オーケストラ、アンサンブル・レゾナンツなどで経験を積み、さらにバーゼル室内管弦楽団には2003年から2011年まで在籍した実力派チェリスト。温かく伸びやかな歌い回しと安定した音程、美しく甘い高音の音色が実に印象的。古楽器とのアンサンブルなので弦はガット弦でしょう。イッサーリスを思わせる甘い音がします。技巧をひけらかすのではなく、ヴァイオリンやヴィオラとの対話を大切にしながら音楽全体をまとめ上げていくあたりは、長年室内楽を中心に活動してきた演奏家ならではの成熟した音楽性を感じさせます。
 
このアルバムを聴くと、ロンベルクは決してチェロの名手というだけではなくて、古典派からロマン派へ移り変わる時代を生きた大変優れた室内楽作曲家だったことがよく分かります。ベートーヴェンやハイドンの陰に隠れがちな存在ですが、その音楽には古典派の均整とロマン派の歌心が見事に共存しています。ロンベルクという作曲家を改めて見直したくなる、そしてフルート室内楽の魅力を再発見させてくれる一枚でした。
 

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二台のチェンバロが描くフランス宮廷の響き

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今晩は、2026年7月3日にAlpha Classicsからリリースされた、チェンバロのオリヴィエ・フォルタンとエマニュエル・フランケンベルクによる《Clavecins concertants》を聴きます。
収録曲は以下の通り。
 
 
  1. 作者不詳(ロペール手稿)
     前奏曲
     
  2. ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール(1602–1672)
     ジーグ
     
  3. ジャン=バティスト・リュリ(1632–1687)/ジャン=アンリ・ダングルベール(1629–1691)
     歌劇《カドミュスとエルミオーヌ》LWV 49  序曲
     
  4. ジャン=アンリ・ダングルベール(1629–1691)
     無拍節前奏曲 ト長調
     
  5. ニコラ=アントワーヌ・ルベーグ(1631–1702)
     イングランド風ジーグ
     
  6. ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール
     サラバンド《若きゼフィール(Jeunes Zéphirs)》
     
  7. アントワーヌ・フォルクレ(1672–1745)/ジャン=バティスト・フォルクレ(1699–1782)
     《ラ・レジャント(La Régente)》
     
  8. マラン・マレ(1656–1728)
     歌劇《アルシオーヌ》  序曲
     
  9. マラン・マレ
     歌劇《アルシオーヌ》  シャコンヌ
     
  10. ジャン=アンリ・ダングルベール
     無拍節前奏曲 ト短調
     
  11. ジャン=バティスト・リュリ/ジャン=アンリ・ダングルベール
     ジーグ
     
  12. アントワーヌ・フォルクレ/ジャン=バティスト・フォルクレ
     シャコンヌ《ラ・ビュイソン(La Buisson)》
     
  13. ジャン=フィリップ・ラモー(1683–1764)
     組曲 ト長調 RCT 6  《野蛮人たち(Les Sauvages)》
     
  14. ジャン=フィリップ・ラモー
     組曲 ト長調 RCT 6
     メヌエット 第1・第2
     
  15. ジャン=フィリップ・ラモー
     組曲 イ短調 RCT 5  《勝利の女(La Triomphante)》
     
  16. マラン・マレ
     歌劇《アルシオーヌ》
     船乗りたちの踊り(Airs pour les matelots)
     
  17. ジャン=バティスト・リュリ/ジャン=アンリ・ダングルベール
     歌劇《ファエトン》LWV 61  シャコンヌ
 
演奏
オリヴィエ・フォルタン(クラヴサン)
エマニュエル・フランケンベルク(クラヴサン)
 
使用楽器
ティトゥス・クリイネン製クラヴサン(ブランシェに基づく)
ブルース・ケネディ製クラヴサン(タスカンに基づく)
ギヨーム・ゼルナー製クラヴサン(クーシェに基づく)
 
まずApple Musicでこのアルバムを開くと、1曲目の作曲者がなぜかヴィラ=ロボスになっています。「あれ?フランス・バロックのアルバムでは?」と思いましたが、これは単純な表記ミスのようです。実際の1曲目は作者不詳の前奏曲で、このアルバムは17~18世紀フランスの作品を二台のチェンバロで演奏した意欲的なプログラムです。
 
ブックレットのインタビューを読むと、彼らが目指したのは一人が伴奏し、もう一人が主役となるのではなく、二人が一つの楽器のように呼吸しながら演奏すること。フォルタンは「チェンバロ一台は一台のように響くが、二台になると四台のように響く」と語っています。
 
早速聴いてみます。
1. 作者不詳:前奏曲
プログラムの冒頭を飾るのは、17世紀後半のフランス・バロックを伝える「ロペール手稿」に残された作者不詳の無拍節前奏曲。小節線に縛られない自由な語り口は、当時の演奏家の即興芸術を今に伝えています。二台のチェンバロが互いの呼吸を探り合いながら音楽を紡ぎ、これから始まる約1時間の旅への静かな扉を開いてくれます
 
2. シャンボニエール:ジーグ
フランス・クラヴサン楽派の祖、シャンボニエールによる軽快な舞曲。ジーグは元々イギリスの民俗舞曲ですが、フランスでは宮廷らしい優雅さをまとった洗練された音楽へと発展しました。二人の奏者は旋律や伴奏を絶えず受け渡しながら演奏し、一台では得られない豊かな響きを生み出しています。アルバム冒頭の即興的な前奏曲に続き、ここではフランス・バロックのエレガンスが鮮やかに描かれます。
 
3. リュリ/ダングルベール:《カドミュスとエルミオーヌ》序曲
1673年に初演された《カドミュスとエルミオーヌ》は、フランス最初の本格的なオペラ《トラジェディ・リリック》として音楽史に大きな足跡を残した作品で、序曲は、荘厳な付点で彩られた導入部と躍動感あふれるフーガ風の後半から成る典型的なフランス序曲。後のバッハやヘンデルにも大きな影響を与えましたね。このアルバムではダングルベールによるチェンバロ編曲を、さらに二台のチェンバロ用に再構成していて、フォルタンとフランケンベルクは、宮廷オペラの華やかな色彩と管弦楽の響きを二台のチェンバロで弾いています。重厚な序奏から躍動するフーガへと進むフランス序曲様式の魅力がスケール大きいサウンドで聴くことができます。
 
4. ダングルベール:無拍節前奏曲 ト長調
この曲はエマニュエル・フランケンベルクによるソロ演奏。小節線も拍子も持たない自由な形式の中で、一音一音の響きと余韻をじっくりと味わわせてくれます。演奏者はそのハーモニーの流れを感じながら自由にテンポを揺らし、まるでその場で音楽を生み出すかのように演奏していますね。
 
5. ルベーグ:イングランド風ジーグ
ルベーグは17世紀フランス・クラヴサン楽派を代表する作曲家の一人で、オルガニストとしても名高い存在。この《イングランド風ジーグ》は、イギリス由来の舞曲をフランス宮廷の洗練された様式へと昇華した作品。軽快なリズムと優雅な装飾が魅力で、二台のチェンバロは旋律と伴奏を自在に受け渡しながら、まるで小さな室内楽アンサンブルのような生き生きとした響きを生み出しています。無拍節からしっかりとしたリズムの曲という配置もプログラム構成の妙ですね。
 
6. シャンボニエール:サラバンド《若きゼフィール》
「ゼフィール」はギリシア神話の西風の神に由来していて春の穏やかな風を象徴します。ゆったりとしたサラバンドのリズムに乗せて、優雅で気品ある旋律が静かに歌われます。詩的な題名は、後にクープランやラモーが発展させる「性格的小品」の先駆けともいえるものです。ここでは二台のチェンバロが互いの響きをそっと支え合い、美しいアルペジオとフランスらしい優雅な装飾で繊細で豊かな音世界を描き出しています。
 
7. フォルクレ:《ラ・レジャント》
フランス最高のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者アントワーヌ・フォルクレの作品を、息子ジャン=バティストがチェンバロ用に編曲した作品。フォルクレは同時代に「マレは天使のように、フォルクレは悪魔のように演奏する」と評されるほど、情熱的で劇的な音楽を書きました。《ラ・レジャント》も濃厚な和声と力強い旋律が印象的で、ここでは二台のチェンバロがその豊かな響きをさらに拡大しています。ヴィオラ・ダ・ガンバの深い歌心を保ちながら、室内オーケストラを思わせる華やかなサウンドが素晴らしい。
 
8・9. マラン・マレ:《アルシオーヌ》より
マラン・マレはヴィオラ・ダ・ガンバの名手として知られますが、近年はオペラ作曲家としても見直されてきていて、この1706年初演の歌劇《アルシオーヌ》は、オペラ作曲家としてのマレの代表作でもあります。序曲はリュリの伝統を受け継ぎながら、より豊かな和声と劇的な表現を備えています。チェンバロ2台で弾くと実に壮麗でまるで大オーケストラのよう。
続くシャコンヌでは、同じ低音主題の反復から多彩な変奏が速めのテンポで次々と展開し、二台のチェンバロが壮麗な響きを生み出します。二台ならではの色彩感が特に映える作品ですね。途切れない前進性も素晴らしい。
 
10. ダングルベール:無拍節前奏曲 ト短調
4曲目のト長調と対を成す無拍節前奏曲。こちらはオリヴィエ・フォルタンがソロで弾いています。エマニュエルが演奏したト長調とは対照的に、より内省的で陰影に富んだ世界が広がります。拍子や小節線を持たない自由な形式はそのままに、ト短調ならではの深い陰影と静かな瞑想性が加わります。
 
11. リュリ/ダングルベール:ジーグ
ダングルベールがリュリの舞台音楽をチェンバロ用に編曲した舞曲。このアルバムではジーグがキーとして出てきますね。二台のチェンバロがリズムと旋律を自在に受け渡しながら、オーケストラのような立体感を生み出します。直前の無拍節前奏曲の静寂とは対照的に、音楽は再び躍動を取り戻します。舞曲らしい軽快さの中にも宮廷音楽らしい格調があります。
 
12. フォルクレ:シャコンヌ《ラ・ビュイソン》
《ラ・レジャント》と同じく、ヴィオラ・ダ・ガンバの名手アントワーヌ・フォルクレの作品を、息子ジャン=バティストがチェンバロ用に編曲した一曲。同じシャコンヌでもマラン・マレとは異なり、フォルクレの曲は情熱的で劇的。大胆な和声や半音階が織り込まれ、「マレは天使、フォルクレは悪魔」と評された彼の個性が鮮やかに表れています。ここでは二台のチェンバロが旋律と低音を自在に受け渡し、変奏が進むにつれて壮麗な響きを築き上げていきます。二台のチェンバロがまるで小さなオーケストラのようです。
 
13. ラモー:《野蛮人たち》
ラモーの有名な曲の一つですね。1725年にパリで披露された北アメリカ先住民の踊りに着想を得てチェンバロ曲として作曲され、その後、作曲者自身によってオペラ=バレ《優雅なインドの国々》へ編曲されました。ここでは、そのオーケストラ版を意識しながら二台のチェンバロ用に再構成しています。ブックレットの中でフォルタンは「オーケストラの色彩を取り戻したかった」と語っていますが、力強いリズムと鮮やかな和声が二台のチェンバロによってさらに立体的に響き、アルバムの中でもひときわ華やかな場面です。
 
14. ラモー:メヌエット I・II
先ほどの曲とは対照的に優雅なメヌエットです。ラモーらしい洗練された語法で描いた作品です。二つのメヌエットは性格の異なる音楽として書かれ、対比を楽しんだ後、再び最初のメヌエットへ戻ります。一見シンプルな舞曲ながら、和声や装飾は実に精巧で、ラモーの成熟した作曲技法が光ります。二台のチェンバロが優雅に対話を重ね、繊細で気品ある音楽世界を描き出しています。
 
15. ラモー:《勝利の女》
1728年の《クラヴサン曲集》に収められた性格的小品。「勝利を収めた女性」を意味する題名どおり、堂々とした華やかさと宮廷文化の洗練が同居する作品です。ラモー円熟期らしい豊かな和声と華麗な装飾が随所にちりばめられていますね。2台のチェンバロで演奏することでよりその華やかさが強調されます。
 
16. マラン・マレ:《船乗りたちの踊り》
1706年初演の歌劇《アルシオーヌ》からの一曲。海を舞台とするこのオペラの中で、船乗りたちが陽気に踊る場面を彩る舞曲です。軽快なリズムと親しみやすい旋律は、港町の活気や祝祭の雰囲気を生き生きと描き出していますね。ここでは二台のチェンバロが軽やかに音楽を受け渡しながら、まるで舞台上で踊る人々の掛け合いを見ているような躍動感を生み出しています。
 
17. リュリ:《ファエトン》シャコンヌ
アルバムを締めくくるのは、1683年初演の歌劇《ファエトン》からの壮大なシャコンヌです。このアルバムはジーグとシャコンヌが多く出てきますね。《ファエトン》は、太陽神の戦車を操ろうとして破滅する若者の神話を題材とし、当時は権力への過度な野心を戒める寓意を持つ作品としても受け止められました。ダングルベールはこの壮麗なオーケストラ作品をチェンバロ独奏用に編曲し、フォルタンとフランケンベルクはさらに二台のチェンバロへと再構成。変奏が積み重なるにつれて響きは次第に豊かさを増し、まるで宮廷オーケストラを思わせる華麗な音響が広がります。
 
このアルバムでは3台の異なるチェンバロが用いられているとのことです。ティトゥス・クリイネン製のブランシェ・モデル、ブルース・ケネディ製のタスカン・モデル、そしてギヨーム・ゼルナー製のクーシェ・モデルです。ブランシェとタスカンは18世紀フランスを代表する名器を再現したもので、豊かで華やかな響きが特徴。一方、クーシェ・モデルはフランドルの伝統を受け継ぎ、明るく明瞭な音色を持っています。フォルタンとフランケンベルクは、あえて性格の異なる3台を組み合わせることで、二台のチェンバロでありながらオーケストラのような多彩な音色を実現しています。実際に聴いていると、一曲ごとに微妙に響きの色合いが変わるのも、このアルバムの魅力ですね。
 
そして録音も本当に素晴らしい。ベルギーのシント・アグネス・ベギン会修道院で収録され、編集・マスタリングには私が何度も取り上げているアルファ・クラシックスのアリーヌ・ブロンディオが参加していますね。適度な残響の中で二台のチェンバロが自然に溶け合い、音像は明晰でありながら空間はオーケストラのように広く実に豊かです。空間全体が豊かな倍音で満たされ、チェンバロという楽器のイメージを覆すほどゴージャスな響きを聴かせてくれます。
 
ということで、このアルバムは「二台のチェンバロでどこまでオーケストラの色彩を描けるか」に挑戦した意欲作です。チェンバロというと繊細で小さな響きを想像しがちですが、この演奏はそのイメージを完全に覆します。二台の楽器が生み出す豊かな倍音、見事なアンサンブル、そしてブロンディオによる優秀録音。そのすべてが合わさり、まるでフランス宮廷のオーケストラのような豪華なサウンドが味わえる楽しいアルバムでありました。

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アッツォリーニが完結させたヴィヴァルディ《ファゴット協奏曲全集》第6巻

今晩は、2026年にnaïveからリリースされた、セルジョ・アッツォリーニ(ファゴット、指揮)、ロンダ・アルモニカによる《Vivaldi: Concerti per fagotto VI》を聴きます。
 
naïveのヴィヴァルディ・エディション、快調ですね。トリノ国立図書館に所蔵されているヴィヴァルディ自筆譜を体系的に録音する壮大なプロジェクト、第76巻まで到達しました。ブックレットによれば、プロジェクト全体の約3分の2まで進んだとのことです。今回はアッツォリーニが長年取り組んできたヴィヴァルディのファゴット協奏曲全集第6巻です。
 
収録曲は以下の通り。
 
 
アントニオ・ヴィヴァルディ:
ファゴット協奏曲 変ロ長調 RV501《夜(La Notte)》
  1. Largo – Andante molto(ラルゴ―アンダンテ・モルト)
  2. Presto《亡霊(Fantasmì)》
  3. Presto(プレスト)
  4. 《眠り(Il Sonno)》
  5. Allegro《夜明け(Sorge l’Aurora)》
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV478
  1. Allegro
  2. Larghetto
  3. Allegro
ファゴット協奏曲 ヘ長調 RV487
  1. Allegro
  2. Largo
  3. Allegro
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV468/399(再構成版)
  1. Allegro molto(RV468)
  2. Andante(RV468)
  3. Allegro(RV399)
ファゴット協奏曲 ニ短調 RV482/406(再構成版)
  1. Allegro molto(RV482)
  2. Andante(RV406)
  3. Minuetto(RV406)
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV466
  1. Allegro
  2. Largo
  3. (テンポ指示なし)
ファゴット協奏曲 ハ短調 RV402 (原曲:チェロ協奏曲)
  1. Allegro
  2. Adagio
  3. Allegro
演奏
セルジョ・アッツォリーニ(ファゴット、指揮)
ロンダ・アルモニカ
録音:2022年8月25~30日 イタリア・ソレジーナ、アリアデッロ聖母マリア聖堂
 
ヴィヴァルディはなんと39曲ものファゴット協奏曲を書き残しています。これはバロック時代だけではなくてあらゆる時代において驚異的な数です。しかもヴィヴァルディ当時のファゴットは主として通奏低音を担当する楽器で、独奏楽器として扱われることはほとんどなかったはずです。そのような時代に、これほど多くの協奏曲を書いた理由はいまだにはっきりしていないとか。ミステリーですね。しかしヴィヴァルディは、この楽器の可能性を誰よりも知っていたように感じます。低音では深くつぶやき、中音域では人の声のように歌い、高音では驚くほど軽快に舞う──その幅広い表現力を知り尽くしていたように感じます。
 
早速聴いてみます。
 
まずはファゴット協奏曲 変ロ長調 RV501《夜(La Notte)》。夜の協奏曲はフルートとファゴットの協奏曲もあって、私も何度か吹いたことがありますが、こちらはまた違う曲。
冒頭から衝撃的。前奏は穏やか始まり、徐々にディミヌエンドされ、ピアニッシモになったところで弱音のファゴット登場。さらに弱音に向かうのですが、そのうちファゴットの音がほとんど鳴らなくなってプスプスという切れ切れの音になって聴こえなくなります。耳を澄ませた途端に物凄いフォルテッシモで叩きつけるようなテュッティ。びっくり仰天ですが、この仕掛けは強烈で楽しい。この楽章は前奏のラルゴ、アンダンテ・モルトからプレストで「亡霊」と名付けられていますが、描写としては、心霊スポットに恐々入って行って、少しずつ廃墟の奥に入って行ったところで突然本物の幽霊に出くわしてみんなで大騒ぎして逃げ出す、という感じでしょうか(笑)。この後は「眠り」「夜明け」と題された楽章を持っていて、暗闇から夜明けへと至る幻想的な情景が描かれます。ヴィヴァルディらしい劇場的な想像力が存分に発揮された標題音楽ですね。《四季》とはまた異なる魅力を味わうことができます。
 
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV478は前曲に比べると穏やか。ちょっとホッとします。ここで珍しいのはバッソ・デ・シャリュモーという楽器が加わっていること。これはシャリュモーはクラリネットの祖先にあたるシングルリードの楽器ですが、それを低音が出せるようにした楽器みたい。通奏低音で柔らかない音が聴こえてきます。
 
ここでファゴットを吹いているセルジョ・アッツォリーニは1967年生まれでイタリア出身のファゴット奏者・指揮者。現代ファゴットとバロック・ファゴットの両方を吹いているようです。イタリアで学んだ後、ハノーファー音楽大学で研鑽を積み、1990年代からソリストとして国際的に活躍して古楽器演奏の第一人者たちと数多く共演していますね。このnaïveのシリーズでファゴット協奏曲を担当して一躍知られています。
アッツォリーニのファゴットはテクニックも凄いのですが、音色がとても魅力的。現代ファゴットにはない豊かな倍音とセクシーな音色を使い分け、時にはおどけたスタッカート、時には艶かしいカンタービレを聴かせます。
そして合奏のロンダ・アルモニカ(L’Onda Armonica)は、アッツォリーニが率いる古楽器アンサンブル。作品ごとにヨーロッパ各国の第一線で活躍する古楽奏者が集まるプロジェクト型のアンサンブルですね。
 
ファゴット協奏曲 ヘ長調 RV487はこの調らしくホルンが2本加わります。またティンパにも入ってきますね。ラルゴ楽章は付点が付いたヴィヴァルディの緩徐楽章によくあるもの。全体に狩りの音楽を思わせます。3楽章ではティンパニも顕になって変化がつきます。カデンツァはかなり技巧的でこれも聞きどころ。
 
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV468は最初の2楽章のみが現存していて、ヴィヴァルディのチェロ協奏曲RV399を使って3楽章を補っています。ここではリコーダー2本と2本のシャリュモーが加わってハーモニーに彩りを与えています。3楽章はチェロ協奏曲が元とはいえ、まるでファゴットのオリジナルのように楽しげ。
 
ファゴット協奏曲 ニ短調 RV482も楽譜としては1楽章だけが現存していて、それをRV406のチェロ協奏曲を使って補っています。短調の協奏曲だけに前奏はかなり劇的。今までのちょっと長閑な雰囲気を破ってきます。終楽章はメヌエットですが、変奏曲形式で技巧的なファゴットが聴けます。ここでは2本のリコーダーがバックに加わって彩りを添えています。
 
ファゴット協奏曲 ハ長調 RV466の第一楽章の冒頭は、1732年のオペラ《セミラーミデ》のアリア《Quegli occhi luminosi》の冒頭とほぼ同一とのこと。ここでは楽器群が増えてリコーダー、オーボエ、クラレン(初期のクラリネット)がバックに加わっていますね。ふっと加わるクラリネットの音がヴィヴァルディの時代には新鮮。シャリュモーとクラレンの違いはいわゆるレジスターキー、高音を奏することのできるキーが付いたこと。これが現代のクラリネットにつながるのでしょう。そして両端楽章ではオーケストラとソリストの対話が交互に活発に行われます。
第2楽章はオーボエのソロが加わり、ファゴットが抒情的な歌を歌います。ヴィヴァルディの緩徐楽章はいいですね、カンタービレが美しい。
 
最後の協奏曲 ハ短調 RV402はチェロ協奏曲をファゴットソロにアレンジしたもの。ヴィヴァルディが少なくとも一度、チェロ協奏曲RV406の楽章をファゴット協奏曲RV481へ転用しているそうで、チェロ協奏曲をファゴットに置き換えることは割合と自然なのかもしれません。そしてこの曲はヴィヴァルディのチェロ協奏曲の中でも18世紀初頭の作品で、最もファゴット的な書法を備えた作品の一つであるとのことで、この楽器でも無理なく演奏できるとのこと。
曲はハ短調ながら柔らかい曲調で、やはりソロはチェロ的な優雅さが漂います。第2楽章も短調で非常に哀愁のあるメロディ。魅力的です。ここではオルガンとチェロが通奏低音。
 
セルジョ・アッツォリーニは、圧倒的な技巧を誇りながら、決して技巧を誇示することなく、歌うようなフレージングと即興性あふれる装飾でヴィヴァルディの音楽を生き生きと描き出しています。自ら指揮も務めるロンダ・アルモニカとの呼吸も見事で、オーケストラは単なる伴奏ではなくて、独奏と対等に会話する室内楽のような緊密さを聴かせていますね。
抒情性とヴィルトゥオジティ、ユーモアと劇性が同居しているこれらの協奏曲は実に魅力的。ファゴットのレパートリーとしてもっともっと演奏されていい曲ばかりだと思います。
そして全体に通奏低音にはチェンバロやテオルボ、マンドーラ、アーチリュート、またオルガンなども使っていてこちらも多彩ですね。
 
録音は2022年、イタリア・クレモナ県ソレジーナ近郊のアリアデッロ聖母マリア聖堂で行われています。いつものようにHQPlayerで2chステレオ版とApple Musicで配信されているDolby Atmos版を聴きました。ステレオの方は非常に切れ込みの鋭い弦楽器、そしてピントがあって中心に存在感のあるファゴットの多彩な音色を捉えています。バロックらしい残響がたっぷりと入っていますね。Atmosの方はリアからの音がかなり入っていて、教会の真ん中で聴いているようにサウンドに包まれます。これもいいですね。全体に古楽器の自然な響きを大切にした透明感の高い録音で、細かなニュアンスまで鮮やかに捉えられています。
 
この第6集によってアッツォリーニのファゴット協奏曲全集もついに完結しました。39曲もファゴットのために書いたヴィヴァルディの創意工夫と、それを現代に甦らせたアッツォリーニによるファゴットという楽器の尽きない魅力を存分に味わえる、シリーズの締めくくりにふさわしいアルバムでありました。
 

ビニャミーニとデトロイト響の《カルミナ・ブラーナ》 歌え、飲め、愛せ!運命の車輪は再び回る

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今晩は、2026年にPENTATONEからリリースされた、ジェイダー・ビニャミーニ指揮、デトロイト交響楽団による《Carmina Burana》を聴きます。
 
収録曲は以下の通り
カール・オルフ:世俗カンタータ《カルミナ・ブラーナ》
 
演奏
チェン・ライス(ソプラノ)
レジナルド・モブリー(カウンターテナー)
アンジェイ・フィロンチク(バリトン)
アウディヴィ
デトロイト・オペラ児童合唱団
デトロイト交響楽団
ヤデル・ビニャミーニ(指揮)
 
《カルミナ・ブラーナ》は、12~13世紀に書かれた中世ラテン語や中高ドイツ語の詩集『カルミナ・ブラーナ』から24篇の詩を選び、1937年にオルフが作曲した世俗カンタータです。
この曲は大学で先輩たちが演奏したり、その後何度も仕事の関係で実演に接してきた私にとってはとても長い付き合いの作品。それでも最初に聴いたときの衝撃は忘れられません。今聴いても血湧き肉躍る音楽です。
その後この曲はテレビの効果音的音楽に使われて冒頭部分だけはかなり有名になりましたね。
 
さてここで演奏している指揮者ヤデル・ビニャミーニは、イタリア出身の指揮者でもともとクラリネット奏者としてミラノの「ラ・ヴェルディ」で活動した後、シャイーに抜擢されて指揮者へ転身した方。メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラなど世界の主要歌劇場で活躍し、とりわけイタリア・オペラで高い評価を得ている方。2018年に代役としてデトロイト交響楽団を指揮したことがきっかけとなり、2020年から同楽団の音楽監督に就任しました。同じ2018年にはローマ歌劇場の来日公演でソフィア・コッポラ演出による《椿姫》を指揮しているので、実演に接した方もいらっしゃるでしょう。
 
デトロイト交響楽団は、1887年創設のアメリカを代表する名門オーケストラですね。私は古いステレオ録音のポール・パレーやアンタル・ドラティのアルバムが好きで、実はかなり聴いています。近年の音楽監督にはネーメ・ヤルヴィ、レナード・スラットキンらが名を連ねていますが、案外最近の録音は聴いておらず、久しぶりかも。
 
早速聴いてみます。
 
まず有名になりすぎた冒頭。もちろん力強い開始ですが、印象的なのは合唱ですね。非常に熱量が高く、マイクはやや近接していてヴォリューミー。オーケストラは逆に少し遠目から録っているように聴こえ、ホールトーンも豊かです。それでも冒頭のティンパニや途中に入るドラが盛大でこの音楽のもつ、人間の本能を興奮へ掻き立てる雰囲気が感じられます。いい開始ですね。個人的な好みではもう少しピアノの打楽器的な音がクローズアップされていたほうが良かったかも。
 
おお、運命の女神よ、 月のように移ろう者よ。 満ちては欠け、欠けては満ち、 人の世をもてあそぶ。 富も権力も、 あなたは氷のように溶かしてしまう。
巨大にして空虚なる運命よ、 回り続ける車輪よ。 幸も不幸も、すべては儚い。 今や私はあなたの犠牲となり、 裸の背を差し出している。
運命は私に敵対し、 私を苦しみへと追いやる。 さあ胸を打て。 運命は強者さえ倒すのだから。 私とともに、みな嘆け!
 
この「quod per sortem sternit fortem, mecum omnes plangite!(運命は強き者さえ打ち倒すのだから、私とともに皆嘆け!)」という結句が、《カルミナ・ブラーナ》全体を貫く「人間は運命の車輪の前では無力である」という思想を端的に表していますね。
 
作品は大きく「春に」「野原で」「酒場にて」「愛の宮廷」という四つの場面に分かれています。春の到来を喜ぶ明るい歌から始まり、恋人を待つ娘の素朴な歌、酒場の狂騒、そして恋と官能の世界へと進んでいきます。
歌詞を見ていくと中世の人々の、包み隠さない思いがダイレクトに伝わってきます。特に「酒場にて」は、この作品の中でも異彩を放つ部分です。「かつて私は湖に住んでいた」では、焼かれながら皿に盛られていく白鳥が悲痛な歌を歌い、「私はコケーニュ国の大僧正」では酒飲みたちの王が登場し、劇的なバリトンの独唱で叫びます。
そして「酒場にいるときには」では社会のあらゆる人々が酒を飲み交わす様子が壮大な合唱で描かれます。
 
酒場にいるとき、誰も死のことなど考えない。
そこでは皆、飲み、賭け、騒ぎ、人生を浪費する。
王も教皇も、騎士も修道士も、貧者も老人も、
百人も千人も、みな酒を飲む。
金は消え、財布は空になる。
それでも彼らは笑いながら杯を重ねる。
そして最後には、
「我らを責める者たちこそ恥を知れ!」
と叫ぶのである。
 
ここでは速いテンポで早口言葉のように様々な人々が酒を飲むことを間を入れず並べ立てていきますが、この勢いは好きですね。私の学生時代、この曲を暗譜で歌わなければならない合唱メンバーが、授業の合間やランチのときにも必死にブツブツとこの歌詞を口ずさんでいる姿が思い出されます。
 
この演奏ではソリスト・合唱ともに非常に情熱的。テンポは常に前に向かい、表情は豊か、ラテン的ですね。オイゲン・ヨッフなどの重厚さはなくて、そのぶんオペラティックな演劇的な要素が加わります。そして強弱のダイナミックレンジを広くとっていてその差がまた劇的。オペラを得意とするビニャミーニらしい演奏と言えるかも。
 
一方、「愛の宮廷」では雰囲気が一変します。「揺れ動く心の天秤の上で」は純潔と愛欲の間で揺れる乙女の独白があり、「今こそ楽しい時」では若さと恋の歓喜が爆発します。性愛に対するあけっぴろげな歌詞ですね。
そして終盤の「最愛の人よ」。
 
Dulcissime
最愛の人よ、
ah totam tibi subdo me!
ああ、私はすべてをあなたに委ねます!
 
たったこれだけのわずか一節がソプラノの高音で歌われて、愛の絶頂が凝縮されます。ここは難曲ですが、チェン・ライスのソプラノが素晴らしい。ドラマティックでありながら澄んでいるという、なかなか両立できない声。
 
そして最後に「ああ、この上なく美しい人よ」で人間の歓喜が大団円に達した直後、再び冒頭の「おお、運命の女神よ」が響く。人間の喜びも愛も、結局は運命の車輪の上にあるという、永遠に繰り返されるニーチェ的な円環構造が見事です。凄い音楽ですね、何度聴いても鳥肌が立ちます。
 
録音は2025年11月、デトロイトのオーケストラ・ホールでのライブ収録。PENTATONEらしく音場は広く、合唱とオーケストラの分離も良好です。打楽器の迫力や低音のエネルギーを十分に捉えながらも、独唱者の声が埋もれることはありません。
 
ビニャミーニの指揮は、先ほども書いたようにオペラ指揮者らしい場面転換の巧みさが光りますね。テンポの推進力が強く、全曲を約1時間の大きなドラマとしてまとめています。一方で曲によっては繊細さも出して、劇的な場面との対比が鮮やかです。
 
《カルミナ・ブラーナ》は、冒頭と最後の「おお、運命の女神よ」だけが有名で知られている作品ですが、その間には春の喜び、酒場の喧騒、恋の甘さと苦さ、人間の欲望と儚さが詰まっている濃い作品です。この演奏では、そうした多彩な世界がオペラ的な生命力と劇場感によって結び付けられ、作品全体をひとつの大きな円環として体験させてくれます。運命という避けがたい力の前で、それでもなお歓喜し、愛し、歌う力強い人間の姿を改めて感じさせてくれるアルバムでありました。

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