
ウェルザー=メストとクリーブランド管弦楽団の組み合わせはとても気に入っていてどのアルバムも聴いてきたのですが、最近ウェルザー=メストの癌治療による体調悪化のニュースが流れてきて大変心配しているところ。ものすごい才能の指揮者だけになんとか快方に向かって欲しいです。
さて、ジュリアス・イーストマン、全く知らない作曲家です。1940年にニューヨーク生まれでフィラデルフィアのカーチス音楽院で学んだ作曲家。黒人でゲイであることを公然と公表していたとのこと。1970年代には相当勇気のいることだったと想像します。ただその後は破滅的な人生を送ってホームレスの避難所などで生活していたとのこと。ほとんど誰にも知られずに亡くなっていたらしいですね。交響曲第2番「忠実な友:恋人の愛、愛された者への愛」はかつての恋人に捧げられた作品で、破局の記録とのこと。楽譜にはこんな書き込みがあるようです。
「火曜日、メインとチェスナット通りで、19時に、忠実な友とその愛された友が会うことを決めた。その前日、月曜日に、キリストが来た。予言された通りに。右へ昇る者もいれば、左へ沈む者もいた。トランペットが響いた(少し不協和音だった)。電気ヴァイオリンも鳴った(少し音程が低かった)。それは最も恐ろしい音だった。そして、瞬く間に地球は消え、もう存在しなかった。しかし火曜日、メインとチェスナット通りで、19時に、二人の恋人が、予定通りに、互いを抱きしめながら立っていた。」
何かクリストファー・ノーランの映画の一場面を見るような時間のずれがあるような・・・。作品自体はゆっくりとした暗い弦の単旋律のユニゾンから始まり、管楽器の不協和音が背後で鳴る中、闇の中を歩くような破滅的な音楽。旋律はやがて管楽器の曖昧模糊とした和音の中に溶けていきあるかないかのような音響世界が築き上げられていきます。救いようのない世界。ここに描かれているのは・・・まさに現在起こっていることを暗示しているよう。戦争・差別・環境破壊、そしてそれを肯定するような政権交代・・・今現実に起きていることはまるで昔見たSF映画か漫画のディストピアのように思われます。トランプとイーロン・マスクが笑って映っている写真を見ると、これは現実なのか、冗談なのか、SF映画なのかわからなくなる・・・。戦争はただ強いものが弱者を徹底的に痛めつけ、周りの世界は助けようとしても助けられない・・・新しい政府はそれを肯定して増長させている・・・貧富の差は絶望的に広がり、貧困と金満、飢餓と飽食、この差がどんどん広がってすでに救いようのない世界になっている・・・この作品をじっと聴いているとそんな現実を突きつけられるような、救い難い世界の中に取り残されているような圧倒的な孤独感を感じさせます・・・。
続くチャイコフスキーの交響曲第2番。陰鬱なホルンとファゴットのソロは前の曲の絶望的な雰囲気をそのまま背負っているかのよう。曲目の組み合わせでこうも印象が変わるのですね。さて、この作品は今まで「小ロシア」という表題が付けられていましたが、あえてこのアルバムでは「ウクライナ」と言う名称が使われています。ブックレットの解説によると終楽章にウクライナの旋律が明確に使われていたことが影響して、ロシアの音楽評論家ニコライ・カシュキンが、この交響曲を「小ロシア交響曲」と名付けたとのこと。しかしこの「小ロシア」という呼称は、帝政ロシア時代にウクライナの左岸地域を指すために使われた軽蔑的な名称で、19世紀末にはこの言葉には「ロシアの劣った一部」という意味合いが加わっていたとのこと。そしてロシアのウクライナ侵攻に伴い、多くの演奏団体がこの曲を「ウクライナ交響曲」と呼ぶようになったとのこと。知りませんでした。
演奏全体は本当に惚れ惚れするほどバランスの良い音です。これは随分時間が経ったとはいえ、ジョージ・セルからの伝統もあるでしょうね、完璧な音程とアンサンブル、そこからこそ音楽が始まると言う伝統が息づいているように思います。またウェルザー=メストもそれをよく理解してこのオーケストラを上手にドライブしているのでしょう。どの演奏を聴いても素晴らしい。この演奏も情に溺れず、しかし情感はしっかりとあります。テンポはクリーブランド管弦楽団の本拠地、マンデル・コンサートホールの美しい残響を生かしてゆっくり目。柔らかいホールの響きが包み込むような優秀録音です。3楽章のような細かい木管のパッセージも見事に浮き立たせていてホールの最も良い席で聞いているような響きでありながら、各楽器がしっかりと分離していますね。
終楽章も同様ちょっとだけ遅め。あまり浮かれた踊りというよりはどこか少し落ち着いた重めの感じ。第2主題もグッとテンポを落としてゆったりと歌います。優しい歌。色々考えるとのこのテンポにも深い意味があるように感じます。もちろん最後はアップテンポになり華々しい勝利で終わりますが、これは交響曲の新しい表題に込められた思いではないでしょうか。色々と考えさせられるアルバムでありました。