
今晩は、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクルと、ヴァイオリンのイザベル・ファウスト、ピアノのジャン=フレデリック・ヌーブルジェによるリゲティとクルターグの作品集を聴きます。
ロトとレ・シエクルは、ロマン派から近現代の管弦楽曲を、初演当時の楽器で演奏してきたコンビで、私もなかなか面白いことをするなと、新盤が出るたびに聴いてきたのですが……
2024年に発覚したロトの、言うのも恥ずかしいセクハラで、レ・シエクルは辞任。ギュルツェニヒ管弦楽団も契約を解除。来日公演も中止になったので、ご存じの方も多いでしょう。
ロトが設立したレ・シエクルのフランス語のホームページには、創立者であるにもかかわらずロトの名前がありません(録音のクレジットを除いて)。団体の紹介文にすらなく、一番最後にはセクハラへの取り組みとして、
「レ・シエクルでは性差別的・性的暴力に関する通報プロトコルを導入しています。レ・シエクルは、いかなる形の性差別や性的暴力も非難し、そのような被害を受けたすべての人々に対して支援を表明しています。また、レ・シエクルは所属するすべての演奏家・事務・技術スタッフの立場に常に寄り添うことを表明しています。」
という文章があって、徹底的にロトを排除してしまったのでしょう。ロトは今年9月からSWR交響楽団の首席指揮者に就任する予定で、ベルリン・フィルでも客演はありますが、なんというか、複雑な気持ちです。
このアルバムは2023年9月〜10月の録音なので、この騒動の前の録音。1月のストラヴィンスキーとともに、これらがロト=レ・シエクルの最後の録音になるかもしれません。
早速聴いてみましょう。ジェルジ・リゲティ(1923–2006)のヴァイオリン協奏曲。
第1楽章「前奏曲 きわめて明るく速く」は、聞こえるか聞こえないかのヴァイオリンのソロから始まり、クラスター的な弦楽器の速いパッセージ。そしてコントラバスのピチカートがリズムを刻む中、無窮動のようなヴァイオリンのソロ。管楽器も入って弱音になりつつも連続パッセージが続きます。音の飽和状態から来る不思議な快感。
第2楽章「アリア - ホケトゥス - コラール やや速いアンダンテ」は、ヴァイオリンの無表情とも言える単旋律から始まり、やがてエスプレッシーヴォなソロへ。そこに不思議な音響。オカリナなどのようですが、その定旋律の上を走り回るかのようなヴァイオリン。ミュートをつけたトランペットのコラールと、それに呼応するように現れるアルトフルートのソロがやがて消えるように終わります。
第3楽章「間奏曲 流れるように急速に」は、ヴァイオリン・ソロから管楽器の不規則なリズムの激しい交錯。
第4楽章「パッサカリア 深くゆったりと」は、最弱音のクラリネット二重奏から始まり、高音フラジオレットのヴァイオリンの下で空虚な和音が吹かれます。今までの楽章とは対照的に、静かな長い音によって構成されており、突如として弦楽器に激しいパッセージが現れ、独特のリズム。長い音がどんどんと重なり、リゲティ独特のクラスター的な和音がクライマックスへ向かって積み重なっていきます。
第5楽章「情熱的に 非常に速く激しく」は、空虚な木管をバックにヴァイオリンが途切れ途切れのパッセージ。さまざまなリズムや民族的な舞曲風の素材、超高音のオンパレード。突如、金管の咆哮があり、その後に悲しげなヴァイオリンのソロ。複雑なリズムの応酬、そして長いカデンツァ。最後は点描的に打楽器、フルートのフラッターのロングトーンで静かに終わります。
リゲティの曲はもちろん現代的なのですが、じっくり聴くとなかなか聴きどころ満載。ファウストのヴァイオリンも鬼気迫るものがあります。
クルターグの『遠くから III』は、リゲティとは全く違う世界。音は少なく、切り詰められ、そして短い。いかにもクルターグらしい。同じハンガリーの作曲家ですが、まったく対照的ですね。巨大なオーケストラと多数の音、そして長くて複雑なリゲティ、音を切り詰めるだけ切り詰めて、小さな編成で短いクルターグ。こうやって比較するとそれぞれの個性が際立っておもしろい。
次にリゲティのルーマニア協奏曲。若い頃の作品で、調性感のある作品。
第1楽章「アンダンティーノ」は、「こういう曲もあるんだ、リゲティ」と思わせるような素朴さ。第2楽章「快活なアレグロ」は、ハンガリーの民謡風のリズムでピッコロが大活躍。軽快で、そのまま第3楽章へ。
第3楽章「アダージョ、ただしあまり遅くなく」では、ホルンの倍音のソロがちょっとブリテンを思い出させます。コールアングレのエキゾチックなソロも入り、やがてテュッティの後、クラリネットの短いカデンツァがあり、ピアニッシモの後すぐに第4楽章へ。
第4楽章「非常に快活に」では、細い弦楽器の音の重なりが後年のリゲティの作品を思わせます。ヴァイオリンのソロがフィドルのようにハンガリー的な舞曲を弾き、そのままリズミックで熱狂的なテュッティへ。これはバルトークとも違う、ハンガリー的なダンスが細かい音のオーケストレーションで奏されます。最後はヴァイオリンの超高音の上を、第3楽章のホルンのソロが重なり、ピアニッシモのあと、一発テュッティで終わります。この曲は、現代のオーケストラのレパートリーに入ってもいいかもしれません。
クルターグの『遠くから V』も、まさに彼らしい、静かなリズムの繰り返しと、確かに遠くから聴こえてくるかのようなメロディ。リゲティのあとではちょっと耳が小休止。
リゲティのピアノ協奏曲。第1楽章「非常にリズミカルかつ正確に速く」は、不規則なリズムをピアノが叩き出し、点描のようにオーケストラの各パートが脈絡のないように入り込んできます。微妙にズレたリズムが面白い。
第2楽章「遅く、荒涼とした」は、コントラバスの持続音の上に、断片的なパッセージが管楽器で奏され、その後ピアノも加わりますが、突然の大音量のテュッティにびっくり。高音楽器とグロッケンのパッセージのあと、それぞれの楽器が独自のリズムを刻んでいきます。これはオーディオ的にも面白いですね。
第3楽章「歌うように快活に」は、曖昧な木管の動きの上に、ピアノが即興的な音を落としていき、各楽器が違うリズムを奏でながらカオス寸前へ。
第4楽章「断固として、非常にリズミカルに」は、割合と明確なリズムで、各楽器がいろいろなところからいろいろな強さで出てきてスリル満点。何が次に起こるか予測不能の音楽。独特の対位法的な絡みも感じられます。
第5楽章「明るく速く」は、高速で動く粒子のような音楽。少しメシアンを思い出させます。煌めくピアノと各楽器の点描。でも表題の通り決して暗くなく、どことなくユーモアも。シロフォンの連続パッセージの直後、ウッドブロックの「カッ」という一撃で唐突に終了。不思議な音楽です。
この作品はピアノ協奏曲というよりも、交響曲にピアノが入っているという感じ。ヌーブルジェはその役割をよく心得ていて的確な演奏です。
久しぶりに現代曲を聴いたなという感じ。こういうハードな現代曲って、だんだん演奏されなくなってきて、新譜も少なくなってきて、聴かれる機会がどんどん減っています。特に最新の現代作品は、どちらかというとソフトで、意外に調性がはっきりしていたり、実験的というよりアンビエント寄りの作品が多い。そんな中で、このような辛口の音楽は貴重です。甘いものばかり食べていると飽きるように、たまにはこのような激辛音楽もいいですね。
ロトとレ・シエクルは、めちゃくちゃうまいです。ソリストのイザベル・ファウストも凄みのある演奏だし、ヌーブルジェもこの複雑な曲を見事に弾いていますが、なんといってもオケのうまさが光りますね。そして、こんな曲をこれだけ明晰にまとめ上げられるのは、さすがロトの手腕です。ただ、このコンビはもう聴けないのだなあ。ロトがいなくなったあとのレ・シエクル、今後どんな演奏を聴かせてくれるのでしょう。