クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

ダヴィッド・フレイのピアノによる「バロック・アンコールズ」

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今晩は、エラートから11月14日にリリースされたダヴィッド・フレイのピアノによる「バロック・アンコールズ」と題された小品集を聴きます。
収録曲は以下の通り。


1 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  オルガン・ソナタ第4番 ホ短調 BWV 528 より
  II. アンダンテ(オーガスト・シュトラダル編)


2 ジャン=フィリップ・ラモー(1683–1764)
  クラヴサン曲集(1724):ホ短調組曲 RCT 2 より
  V. 鳥の呼び交わし


3 ドメニコ・スカルラッティ(1685–1757)
  キーボード・ソナタ ロ短調 K.87


4 ドメニコ・スカルラッティ(1685–1757)
  キーボード・ソナタ ニ短調 K.1


5 ドメニコ・スカルラッティ(1685–1757)
  キーボード・ソナタ ヘ短調 K.466


6 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  フランス組曲第4番 変ホ長調 BWV 815
  I. アルマンド


7 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  組曲 ヘ短調 BWV 823
  II. サラバンド


8 フランソワ・クープラン(1668–1733)
  クラヴサン曲集第2巻(1717):第6組曲 変ロ長調
  V. 神秘的な障壁:ヴィヴマン


9 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685–1759)
  メヌエット ト短調 HWV 434/4(ヴィルヘルム・ケンプ編)


10 ジョゼフ=ニコラ=パンルク・ロワイエ(1703–1755)
  クラヴサン曲集第1巻(1746)
  VI. 愛らしき者:優雅に


11 ジョゼフ=ニコラ=パンルク・ロワイエ(1703–1755)
  クラヴサン曲集第1巻(1746)
  XI. 目眩(ロンドー):中くらいの速さで


12 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  フルート・ソナタ第2番 変ホ長調 BWV 1031
  II. シチリアーノ(ヴィルヘルム・ケンプ編)


13 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  カンタータ《神よ、われら汝に感謝す、汝に感謝す》BWV 29
  シンフォニアヴィルヘルム・ケンプ編)


14 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV 1068
  II. エール(アレクサンダー・ジロティ編)


15 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  コラール前奏曲《われらを汝のもとに引き寄せたまえ、主イエス・キリストよ》BWV 639
  (フェルッチョ・ブゾーニ編)


16 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  パストラーレ ヘ長調 BWV 590
  III. アリア


17 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  オルガン・ソナタ第5番 ハ短調 BWV 529
  II. ラルゴ(イ短調)(サミュエル・ファインバーグ編)


18 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)
  ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV 1003
  II. アンダンテ(ブルーノ・モンサンジョン編)


19 アントニオ・ヴィヴァルディ(1678–1741)/編曲:J.S.バッハ
  チェンバロ協奏曲 ニ長調 BWV 972
  (ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV 230 による)
  II. ラルゲット


ダヴィッド・フレイは1981年フランス生まれのピアニスト。バッハ解釈で特に高く評価され、パリ国立高等音楽院ジャック・ルヴィエに学び、若くして国際的な注目を集めました。11月初旬に来日公演が行われたので、聴かれた方も多いのではないでしょうか。
フレイのバッハは素晴らしいですね。2007年にリリースされたパルティータ、フランス組曲にはブーレーズを組み合わせていて斬新でありながら納得させる組み合わせ。
https://classical.music.apple.com/jp/album/693172622?l=ja-JP
そしてゴルトベルク変奏曲はコロナ禍中にリリースされましたが、独特なタッチと音色で新しいバッハ像を提示してくれましたね。
https://classical.music.apple.com/jp/album/1587068360?l=ja-JP
それから驚いたのがルノー・カピュソンと演奏したバッハのヴァイオリン・ソナタ集。普通、この曲は録音上はチェンバロの音量が小さくなりがちで、ヴァイオリンが主体に聞こえやすいのですが、この録音ではフレイのピアノが主役でカピュソンが脇役、という感じで演奏していて、この曲の鍵盤のパートがいかに素晴らしいかを改めて感じさせてくれた演奏でした。
https://classical.music.apple.com/jp/album/1453764535?l=ja-JP
しかし意外なことに2021年のゴルトベルクの録音からアレクサンドル・タローとのデュオのアルバムを除いて、ソロのアルバムは出ていませんでした。
ライナーノートによると、ゴルトベルクはパンデミックの最中で、その後はライブでの演奏に没頭していたとか。そして奥様で女優・演出家のキアラ・ムーティ(なんと指揮者のリッカルド・ムーティのお嬢さん!)と共同で制作した舞台「忘れられた子供」で奥様が自作のテキストを朗読し、フレイが18世紀の短い作品を演奏するという演目を上演したということ。そしてこのアルバムはその時に使われた作品から派生していて、フレイ自身の舞台での体験と深く結びついていて、彼にとっては個人的な再創造のようなものと述べています。
また、パンデミック中に出会った振付家ジョン・ノイマイヤーハンブルク・バレエの監督を務めた方)から招かれてバレエのためにシューベルトの作品を演奏したときに、ダンサーとの関わりの中で、音楽とダンスがどちらが上というのではなく、一体感、呼吸が同じ方向で動くことで、バロック時代のダンスとの関係を深く見直したそう。例えばアルマンドサラバンドメヌエットの解釈にそれらが生かされているそうです。
選曲については、意外だったのがフレイはバッハ以外のバロックの作品をほとんど弾いたことがなかったそうな。へぇ。それでスコット・ロスなどのチェンバロ奏者の演奏を多く聴いて、歌わせ方を学んだということ。両手のバランスやフレージングの不規則性、ダンスとの関連などチェンバロ奏者から多くを学んだとのこと。またダイナミクスの変化を使わなくてもポリフォニーの複雑さを示すことを実践していると。それに現代のピアノの色彩やニュアンス・ペダルの効果を融合させたそうです。


さて、いつものように前置きが長くなりました。早速聴いてみましょう。


1 バッハ:オルガン・ソナタ第4番 ホ短調 BWV528 – II. アンダンテ(シュトラダル編)
柔らかく刺激のない深みのある音色。
オルガン三声の絡み合いが美しく、穏やかな歩みを持つ楽章。シュトラダル編によってピアノでの歌心が際立ち、清らかな内声部の動きが浮き上がってきます。この曲はオラフソンも演奏していたかと思いますが、音色とか雰囲気が似ていますが、音楽はかなり強く主張するようになってタッチも鋭くなります。ただのムード的な演奏ではなく、突き詰めた音色。特に低音が鳴る時はオルガン的な深みが感じられます。コーダではスッと柔らかく音色を変えての偽終始から集結にかけてが美しい。


2 ラモー:鳥の呼び交わし


鳥の声やさえずりを鍵盤で模倣した精巧な小品。繊細な装飾音と軽やかなタッチが魅力で、ラモー特有の色彩感が凝縮されています。これはついこの前ティファニー・プーンの演奏を聴いたばかり。あちらの軽やかさに比べるフレイの演奏はただ軽さでなく、チェンバロではないピアノならではの深みも感じられますね。金属的な音はなく、豊かな音色で弾いていきます。


3 スカルラッティソナタ ロ短調 K.87
対位法的で厳粛な雰囲気を持つ作品。静かな祈りのような佇まいで、スカルラッティの内省的な側面を示す代表作です。フレイは旋律戦だけを浮かび上がらせるのではなく、チェンバロのように他のパートも同様な音量にして様式感を出しています。インテンポなのですが、微妙にフレーズで揺らすのが心地よい。


4 スカルラッティソナタ ニ短調 K.1
K.1はもっとも古く出版されたソナタのひとつ。シンプルなモティーフが反復しながら変化する、初期スカルラッティらしい明快な書法です。明快なスタッカートでスカルラッティらしさを出していますね。


5 スカルラッティソナタ ヘ短調 K.466
哀愁のある旋律線が有名な作品。メランコリーすら感じる音色で弾いていきます。テンポは微妙なアゴーギク程度なのですが、タッチと音色で悲しみを表現しています。


6 バッハ:フランス組曲第4番 BWV815 – アルマンド
上品な4分の4拍子の舞曲で、静かに揺れる流れと、バロック舞踏のしなやかな呼吸が結びつく優雅な始まりの曲。ここでは微妙にテンポを揺らし、音色を変化させながらこの曲の持つ美しさを浮かび上らせてきます。ピアニッシモが美しいですね。この曲に関しては少しロマン的な解釈かも。


7 バッハ:組曲 ヘ短調 BWV823 – サラバンド
深い瞑想に沈むようなサラバンド。装飾は最小限でも旋律そのものが強い精神性を放ちます。表情はゆったりしながらも暗い世界。


8 クープラン:神秘的な障壁
クラヴサン曲集第2巻の第6組曲にある有名な作品。規則的に繰り返される和音が繰り返され、 “障壁” のように立ちはだかる不思議な作品。響きの移ろいが幻影的で、クープランの象徴的名曲で、フレイはその美しく柔らかい音色で穏やかに弾くことで、いつもチェンバロで聴くこの曲の別な面が聴こえてきます。


9 ヘンデルメヌエット ト短調 HWV434/4(ケンプ編)
端正なメヌエットにケンプのロマンティックな和声感が加わり、古典と近代の魅力が共存するアレンジです。ケンプの編曲はもう前時代的なのかもしれないけれど、ピアノと音楽の深さをよく知っているからこその編曲で、だからこそ今でも多くのピアニストに愛されているのでしょう。フレイはメヌエットというよりはかなり遅い落ち着いたテンポで瞑想的とも言える深い演奏です。


10 ロワイエ:ラミアーブル(愛らしき者)
ロワイエは宮廷とパリの社交界で大変人気のあった作曲家。華やかな激成と大胆なリズム、卓越した技巧を持った人物。ここでは柔らかく愛嬌あるテーマが続く、典雅で親密な小品です。フレイの演奏はフランスのクラヴサン曲の雰囲気とは少し違って、もう少し後のロマン派初期の作品のように聴こえてきます。物語性が感じられる演奏かな


11 ロワイエ:ル・ヴェルティゴ(目眩)
劇的で強烈な対比が特徴。ピアノで弾くとバロックとして異例の モダンな響き。フレイはピアノの柔らかい音色と金属的で攻撃的なまでのダイナミックな面の対比をはっきりと出すことで、この作品の持つドラマティックな構造を浮かび上がらせます。かなり前衛的で面白い作品ですね。チェンバロで聴くのと全く違う印象。


12 バッハ:フルート・ソナタ BWV1031 – シチリアーノ(ケンプ編)
優しい三拍子の揺れの舟唄のような揺れが特徴のシチリアーノ。この作品は現在では C.P.E.バッハまたは別人作(匿名)の可能性が高いとされていて、J.S.バッハの作ではないと言われていますが、名旋律が浸透していて人気の曲。ケンプは原曲にはない前奏をつけていますが、これが美しく多くのピアニストが演奏しています。フレイは右手がよく歌い、この曲が持つ旋律美を改めて感じ入らせますね。


13 バッハ:カンタータ BWV29 – シンフォニア(ケンプ編)
これは無伴奏ヴァイオリのパルティータ3番のプレリュードをバッハがアレンジし、それをまたケンプがピアノにアレンジしたもの。
フレイはケンプについて、非常に重要な存在で、彼のドイツ的厳格さと詩的感性に強く惹かれているとのこと。オルガン独奏を主体とした壮麗な前奏曲。ケンプが華やかな鍵盤作品に仕立て直し、フレイの演奏は華麗なピアにスティックなタッチで祝祭感を一層高めています。


14 バッハ:管弦楽組曲第3番 – エア(ジロティ編)
アレクサンダー・ジロティはロシア出身のピアニスト、指揮者、教育者、編曲家。ラフマニノフの従兄でフランツ・リストの最後の直弟子の一人。リストの晩年の深い内省性を受け継いでいます。「G線上のアリア」は彼の代表的なアレンジの一つ。繊細な編曲をフレイは純粋で澄んだ音と思わぬ強い音色を使って旋律の美を際立たせています。


15 バッハ:コラール前奏曲 BWV639(ブゾーニ編)
オルゲルビュヒラインの中の1曲、コラール前奏曲ブゾーニがアレンジしています。原曲はソプラノ・アルト・バスの三声でこれを維持しつつオルガン的な深い響きを追求しています。祈りそのもののような曲で、ブゾーニの編曲により深い内声と鐘のような響きが重なり、荘厳な世界が広がります。ブレンデルは「この編曲でこそ、教会の響きが聞こえる」と評したそう。フレイもそれを意識したかのようにコラール旋律を鐘のように響かせていますね。


16 バッハ:パストラーレ BWV590 – アリア
牧歌的で穏やか。柔らかな旋律がゆっくりと流れ、静かな自然の情景を思わせます。そしてフレイの演奏にかかると、一瞬ラフマニノフ?と思わせるような旋律の歌わせ方。決してバロック的なものだけではなくてピアノならではの歌を聞かせることで、バッハの旋律がロマン的に蘇ります。


17 バッハ:オルガン・ソナタ第5番 BWV529 – ラルゴ(ファインバーグ編)


オルガンソナタはこの前「ニュー・ブランデンブルク協奏曲」でも取り上げられてオーケストレーションされていました。こちらはロマンティックな編曲で知られるファインバーグ版。セミョン・ファインバーグはソ連のピアニストで作曲家で、原曲にセンスの良いハーモニーをつけているのが特徴。オルガンの重厚さとか倍音の多さを和声を補うことでピアノで再現し、幻想的な響きを生んでいます。これも聴いているとロシアのロマン派の作品みたいに聴こえてきます。フレイはチェンバロの演奏法を生かすと言いつつも、ここでは編曲者の時代に合わせていますね。


18 バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 BWV1003 – アンダンテ(モンサンジョン編)
こちらは無伴奏ヴァイオリンソナタの第2楽章をフレイの友人、ブルーノ・モンサンジョンが編曲したもの。モンサンジョンは音楽映画監督であり、作曲家・ヴァイオリニストでもあるとのことで、このヴァイオリンソナタの編曲は作品を知り尽くしている人ならではのアレンジ。この曲はもともとすごくホモフォニックな曲だからピアノで弾くのはあっていますね。このアレンジは世界初録音のようです。フレイは旋律を美しく際立たせ、左手は和声の変化によって音色を変えています。素晴らしい。


19 ヴィヴァルディ(バッハ編):BWV972 – ラルゲット
原曲は《和声と創意の試み》の協奏曲で、それをバッハが20代のヴァイマール時代に鍵盤楽器用にアレンジしたもの。シンプルで清澄な旋律と優しい和声が漂う、純粋で透明な小品。フレイは幼少期の記憶を喚起すると語られる曲と述べていますが、やはり右手の音色が美しく心が洗われるよう・・。


全曲聴き終わりました。とても余韻あるアルバム。トリスターノの様にチェンバロやエレクトリカルな響きを追求したバロックではなく、録音は残響もたっぷり取り入れられて潤いの感じられる音。どちらかというとオラフソンに近いでしょうか。使用ピアノは明記されていないのですが、プロモーション動画を見るとヤマハみたい。アレンジもケンプ、ジロティ、ブゾーニなどロマン派の作曲家の編曲を選んでいるように、決してHIP的なバロックではなく、今までの伝統を引き継ぎつつ、フレイならではの感性をたっぷり注ぎ込んだバッハ、そしてバロック作品。今度はアンコール的な作品だけでなく、もっとまとまった曲集、フランス組曲、イギリス組曲、パルティータ、そして平均律の録音を期待しています。


録音:2024年12月20〜23日
MC2:グルノーブル文化会館(Maison de la Culture de Grenoble)
エグゼクティヴ・プロデューサー:
アラン・ランスロン(Alain Lanceron)
録音プロデューサー/ミキシング & マスタリング・エンジニア/編集:ジャン=マルク・レネ(Jean-Marc Laisné)
写真:パオロ・ロヴェルシ(Paolo Roversi)
デザイン、レイアウト、編集:WLP London Ltd

 

 

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