クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

リッカルド・テルツォのファゴットによるフランスへの旅



今晩は、MC Classics レーベルから 2025年11月28日にリリースされた、リッカルド・テルツォ(ファゴット)と沢野智子(ピアノ)の演奏による、フランス音楽作品集 『Voyage en France(フランスへの旅)』 を聴きます。
20世紀前後のフランス作品を中心に、ファゴットという楽器の多彩な表情と、ピアノとの精緻なアンサンブルによって描かれる、香り高いフランス音楽の世界を辿るアルバムです。
 
収録曲は以下の通り。
 
ジャン・フランセ
《2つの小品》
第1曲 アンダンテ
第2曲 プティ・ディヴェルティスマン・ミリテール
 
第1楽章 アレグレット・モデラー
第2楽章 アレグロ・スケルツァンド
第3楽章 アレグロモデラー
 
アンリ・デュティーユ
 
シャルル・ケクラン
3つの小品 作品34
第1曲 レント
第2曲 アンダンテ・モデラー
第3曲 アンダンテ・ソステヌート
 
ロジェ・プトリ
アンテルフェランス I
 
マルセル・ビッチュ
ファゴット・コンチェルティーノ
 
ファゴットのアルバムを取り上げるのは2回目。前はちょっと面白い作品を集めたアルバムでした。
 
今日聴くのは、現在ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団首席ファゴット奏者として活躍するリッカルド・テルツォ。1990年イタリア・パレルモ生まれ。7歳でファゴットを始め、20歳でザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団首席奏者に就任という異例の経歴を持ちます。ザルツブルク・モーツァルテウム大学、ミュンヘン音楽・演劇大学大学院で研鑽を積み、国際的なコンクールでも数々の優勝を果たしてきました。ソリストとしても世界的に活躍し、現代屈指のファゴット奏者の一人です。昨年来日していて、その時に録音したものでしょう。
 
ピアノはベルリン在住の沢野智子さん。1993年に渡独しベルリン芸術大学で研鑽を積みました。ソロだけでなく室内楽、管楽器・弦楽器のコレペティトールとして国際的に高い評価を受け、「伴奏」を超えた対等な音楽的パートナーとして、共演者の表現を最大限に引き出す名手として知られているとのこと。長年にわたりベルリン芸術大学で後進の指導にもあたられていますね。
 
早速聴いています。
 
録音が素晴らしい。って、まぁ最近のアルバムはほとんど私にとっては録音が超優秀なんですが・・・。あるいは昔聴いていたオーディオシステムを少しずつブラッシュアップしてきた結果かもしれませんが、なんでもとてもいい録音に聴こえちゃう。この録音でも透明で柔らかいファゴットの音と奥にいて全体を包み込むようなピアノの音が美しく臨場感があります。ホールの響きも自然に捉えられています。MC Classicsは2020年に設立された新しい日本のレーベル。日本人の演奏が多いですが、とてもいい録音が多いですね。
 
冒頭を飾るジャン・フランセの《2つの小品》。第1曲はアンダンテ、フランセというと軽妙な中に皮肉やウィットがある作品をイメージしますが、この曲は非常に美しいハーモニーと静かな内向的なメロディ。こういう曲も作っていたのですね。テルツォの音色と音楽ですが、こういう作品集は本来はフランス系のバッソンで吹かれるために作られていルけれど、太くてリードの音がしない柔らかいふくよかな音色、そしてヴィブラートは極力抑えることで透明感を出しています。2曲目のプティ・ディヴェルティスマン・ミリテールは、これぞフランセ、という感じの軽妙でウィットに富み、どこかアイロニカルな表情を湛えた音楽が、テルツォの唖然とするほどのテクニックと明晰で自在なファゴットによって鮮やかに描かれます。沢野さんのピアノも歯切れよく、色彩感に富んだ支えを見せ、作品の洒脱さを際立たせていますね。
 
サン=サーンスファゴットソナタは、作曲者晩年の作品らしい簡潔さと洗練が際立つ名作。学生の頃ファゴットの友人たちが取り組んでいたのを思い出します。この曲も本来はバッソンを想定していて、薄くてリードの音ばバリバリ聴こえる独特の音色をイメージして作曲されているのですが、テルツォは逆に音色を透明にして、やはりヴィブラートを抑えています。第1楽章では美しいピアノの導入と古典的な均整美、第2楽章では軽やかなスケルツォ性、第3楽章、序奏の内省的な深い音楽と主部のサン・サーンスのたどり着いた飾りのない穏やかな感情が美しい。うまいですねぇ。ここでは両者の呼吸の合ったアンサンブルが際立っていますね。ファゴットが雄弁に歌いながらも決して重くならない点が印象的です。
 
アンリ・デュティーユの《サラバンドと行列》は、1941〜42年頃に作曲されたファゴットとピアノのための作品。パリ国立高等音楽院の試験用課題曲として書かれた初期作ですが、簡潔ながら高い完成度を備えています。印象主義的な透明感の中に、後年のデュティーユへとつながる構成感覚と緊張感がすでに感じられますね。この演奏では、ファゴットの抑制の効いた歌心と、ピアノの的確な支えによって、この作品の静かな美しさが自然に浮かび上がっています。
 
ケクランの《3つの小品》は、このアルバムの中でもとりわけ内省的な作品群です。シャルル・ケクラン(1867–1950)は、20世紀フランス音楽の中でも独自の静謐な世界を築いた作曲家。フォーレに学び、印象主義以後の語法を背景にしながらも、華やかさより内省と透明な和声を重んじました。管楽器作品にも秀で、旋律は控えめながら、時間が緩やかに流れるような詩情と淡い色彩感が特徴です。派手さはないものの、聴くほどに深みが増す作曲家ですね。
第1曲 レントでは深い音ファゴットの音色から始まります。はるか昔を思い出すかのような瞑想的な響き。まっすぐな音の中にニュアンスが感じられます。
第2曲 アンダンテ・モデラートは暖かい和声による落ち着いた音色のピアノ前奏の後、同じ旋律をファゴットが繰り返します。ほのぼのとした作品。
第3曲 アンダンテ・ソステヌートは、時間が緩やかに流れるような音楽の中で、テルツォのファゴットは語りかけるように旋律を紡ぎ、沢野さんのピアノが淡い色調で空間を満たします。前2曲に比べクライマックスは劇的ですが、やがて遠くに沈むように静まっていきます。
 
ロジェ・ブトリ の「アンテルフェランス I」は、1972年に作曲された作品。ブトリは作曲家・指揮者・ピアニストとして活動する一方、パリ国立高等音楽院で長年和声の教授を務めた方。ローマ大賞まで取っていますね。今までの曲にない激しいピアノの前奏の後、楽器の特性を的確に捉えた動機の断片が徐々に音楽となっていく書法と、構造の見通しの良さが際立っています。音楽は身振りがはっきりしていて、緩急の差が大きくなりながら、テルツォのファゴットの機敏さと音色の変化が自然に引き出され、沢野さんのピアノとの緊密な対話によって、作品の知的で均整の取れた魅力が鮮やかに浮かび上がっています。
 
最後のビッチュ《ファゴット・コンチェルティーノ》。マルセル・ビッチュ(1921–2011)は、20世紀フランスの管楽器教育とレパートリー形成を支えた作曲家。パリ国立高等音楽院でビュッセルらに学び、この人も1945年にローマ大賞を獲得しています。長く同院で和声や作曲を教え、多くの演奏家・作曲家を育てました。作品は明晰な構成と、フランス音楽らしい洗練された語法が特徴。「ファゴット・コンチェルティーノ」にも、楽器の魅力を的確に引き出す実践的な美学が表れています。フランス的なお洒落な和声の上にファゴットがメロディを乗せていき、やがて技巧的に発展していきます。技巧性と音楽性を兼ね備えた作品です。歯切れのよいリズム、さらに流麗な歌心が交錯し、テルツォの高度なテクニックと音楽的知性が存分に発揮されています。
 
ということで、このアルバムは、フランス音楽におけるファゴットの魅力を、体系l的かつ感覚的に味わわせてくれる一枚。ただ、いわゆるフランス的な音色というよりは、もう少しドイツ系というか、太めの音色で、フランスの作曲家の作品の普遍性を表現していると感じました。でもさすがテルツォの音楽とテクニックはすごいですね。演奏と録音が相俟って、地味な楽器なのにとても充実した気持ちにさせてくれるアルバムでありました。

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