クラシックとオーディオの日々

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サラステが描くシベリウス ― ヘルシンキ・フィルによる交響曲全集

今日は、2026年6月5日にOndineからリリースされた、ユッカ=ペッカ・サラステ指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団によるシベリウス交響曲全集を一気に聴きました。
 
収録曲は以下の通り。
 
ジャン・シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 作品39
 
ジャン・シベリウス:交響曲第4番 イ短調 作品63
 
ジャン・シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 作品43
 
ジャン・シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 作品82
 
ジャン・シベリウス:交響曲第3番 ハ長調 作品52
 
ジャン・シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 作品104
 
ジャン・シベリウス:交響曲第7番 ハ長調 作品105
 
ユッカ=ペッカ・サラステ(指揮) ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
 
シベリウスの交響曲は比較的に短いので、全曲聴いても3時間38分。これくらないならお休みの日にはちょうどいいですね。
 
ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団は、シベリウス自身がその大半の管弦楽作品を初演したオーケストラ。第7番を除くすべての交響曲の初演を担当しています。いわば「シベリウスのオーケストラ」と呼ぶべき存在。もうシベリウスは自分たちの言葉、と言って良いほどでしょう。そしてこれまでにもパーヴォ・ベルグルンド、レイフ・セーゲルスタムという二人のフィンランドの名匠と交響曲全集を録音してきました。今回のサラステ盤は、それに続く三度目の全集となります。
 
興味深いのは、この全集が単なる新録音ではないことです。演奏は2024年から2025年にかけてヘルシンキ・ミュージックセンターでライヴ収録され、映像プロジェクトとしてSTAGE+で先行公開されていました。今回のOndine盤は、その成果を音源としてまとめたものと言えるでしょう。
私は動画でクラシックを聴くのが苦手で、どうも音楽に集中できないんです。ですからこうやってCD化してくれるのはありがたいですね。音質もこちらの方がずっといいと思います。
 
もうご存知の方も多いと思いますが、ユッカ=ペッカ・サラステは1956年フィンランド生まれの指揮者。シベリウス音楽院でヨルマ・パヌラに学び、エサ=ペッカ・サロネンやオスモ・ヴァンスカと並ぶフィンランド指揮界を代表する存在ですね。フィンランド放送交響楽団、トロント交響楽団、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団、ケルンWDR交響楽団などをひきいて来て、2023年からはヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を務めています。
そしてサラステは1980年代にフィンランド放送交響楽団とシベリウス全集を録音しています。それから35年を経ての再録音です。
 
このアルバムはApple Musicには残念ながら出ていなくてブックレットは読めなかったのですが、色々調べていて特に印象的だったのは、サラステが語る「黄色いメモ」の話です。これはシベリウスがリハーサルや演奏会の後に指揮者へ渡していた指示書のこと。テンポやバランス、フレージングなどについて作曲者自身が書き残したメモで、シベリウスの娘婿で指揮者だったユッシ・ヤラスを通じて後世のフィンランドの指揮者たちへ伝えられてきました。サラステ自身もヤラスからその話を直接聞いたそうです。
さらにシベリウスはヤラスに対して、「私の交響曲には、それらを一つにまとめる抗しがたい推進力がある」と語ったとのこと。
この言葉が今回の演奏から聴こえてくるように思います。
 
サラステのシベリウスは、テンポを大きく揺らしたり感傷的に歌い込んだりするタイプではありません。むしろ音楽を常に前へ進めようとします。各楽章の細部よりも、作品全体の流れや構造を重視しているように感じます。
第1番の仄暗いクラリネットのソロは雰囲気がありますね。そして初期の作品とはいえ、すでにあらゆるところにシベリウスならではの音楽が散りばめられています。サラステは感傷的になりすぎず、前進性のあるテンポで進めます。しかし終楽章のメロディには感動しますね。シベリウスのシンフォニーは後に行くに従ってメロディよりも動機の発展に重きを置きますが、この曲のメロディはとても好き。
 
普通シベリウスの交響曲全集ですと1番から順番に並べていきそうなものですが、このシリーズでは続いて第4番が来ます。1番の導入の後にいきなりシベリウスの核心に迫る曲ですね。ロマン派の影響がまだ残る1番に対して、こちらは徹底的に無駄な音を省いて動機の発展生成に集中した曲。この配置によって逆にいかにシベリウスの交響曲が独特なものであることが浮かび上がってきます。深い音楽ですね・・・底が無いほどの沈黙と暗さ。冒頭の低弦とチェロの独奏は渋い音色。決して歌いすぎません。
それから北欧のオケの木管の音、澄んでいて好きです。フルートはヴィブラートをかけすぎず少し怜悧な音、オーボエはリード音を抑えた柔らかい音色。クラリネットは深みがありつつもやや明るめ。金管は暴力的になりすぎずも鋭くて抉るような音色。そして透明な弦楽器群。これらが合わさって北欧のオケならではのシベリウスになるのですね。
 
続く最も人気の第2番。4番から2番へと続くことで再びシベリウスの若い頃の熱情に引き戻されます。ここでもサラステは大袈裟な身振りは避けて後半の盛り上げ方も仰々しさはなくてスッキリ系。そしてこの曲で初めて最後に盛大な拍手が入ります。この曲は拍手したくなりますよね。
 
そして次で「おっ」と思ったのは「第5番」ここでは最初に書いたシベリウスが述べたという推進力が強く出ています。第1楽章序奏からアレグロに入るあたりの軽やかさがとても印象的。そして後半に行くに従って常に前に向かってテンポを取っていきます。そしてプレストに向けてアッチェルランドさせていく。この表現はなかなか新鮮で、これは「黄色いメモ」にあったのでしょうか。そして終楽章の有名な「白鳥の主題」を多くの指揮者大きく歌わせるのに対し、サラステはそれを全体の流れの中に自然に位置づけて過度に巨大化しすぎることがありません。そして音楽が途中で立ち止まることなく、最後の6つの和音へ向かって大きな弧を描くように進んでいく。そのテンポ感が実に心地よいのです。ここでも終わった後盛大な拍手。
 
第3番は、第1番・第2番のロマンティックな作風から後期様式への転換点となる作品ですね。壮大な旋律や劇的な展開に頼るのではなく、簡潔な動機をもとに音楽全体を築き上げるシベリウス独自の手法がはっきりと現れ始めます。4番ほどでは無いけれど、無駄を削ぎ落とした引き締まった構成と絶え間ない推進力には独特の魅力があります。サラステはここでも音楽の推進力を意識した演奏でしょうか。特に終楽章では断片的な素材が次第に結びつき、最後に大きな結論へ到達する過程が見事。
第6番は私はシベリウスの交響曲の中でも一番好きな曲。作曲者自身は「純粋な冷たい泉の水を思わせる」と語ったと伝えられていますが、激しいドラマや英雄的な高揚よりも、静かに流れ続ける旋律と繊細な和声の変化が魅力で、まるで北欧の澄んだ空気の中に身を置いているような感覚を与えてくれます。サラステの演奏も過度に感傷へ流れることなく、音楽の自然な流れを大切にしています。そしてヘルシンキ・フィルの弦楽器が本当に美しい。
そして第7番。約20分の単一楽章の中に交響曲全体を凝縮していますね。小さな動機が絶えず変化しながら成長し、一つの巨大な建築物のような音楽を形成していく手法は、まさにシベリウス芸術の結晶。サラステが語る「交響曲を一つにまとめる抗しがたい推進力」という言葉を最も実感できる作品でしょうか。巨大に、そして叙情的に歌う演奏が多い中で、割合とすっきりと前へ進めることで、全曲を貫く流れの中から、過度に神秘化されたシベリウスではなく、等身大のシベリウスの姿が立ち上がってくるように感じました。
 
1番、4番、2番、5番、3番、6番、7番という曲順も興味深いですね。これは単にシベリウスの音楽的・精神的な流れを単に追うのではなく、こういった配置によってよりシベリウスの交響曲全体が一つの巨大な構築物として立体的に浮かび上がってくるように感じました。
 
録音はライブらしいホールの響きとその中でいかにも北欧的な少し禁欲的な音色感、そして弦楽器などは細かい音までよく拾い、木管は適度な距離感、金管はうるさくなりすぎ無いけれどしっかりと主張があります。
 
ということでこの全集は、派手な個性や奇抜な解釈を売りにした録音ではありませんが、シベリウスの作品を長年演奏し続けてきたオーケストラと、その伝統を受け継ぐ指揮者が、自分たちなりのシベリウス像を真摯に提示した素晴らしい全集でした。
 
 

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