クラシックとオーディオの日々

毎日聴いている音楽の記録です。

アントン・メヒアスの平均律第2巻と「記憶の技法」

今晩はアントン・メヒアスのピアノによるバッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻とフィリップ・ラッサーの「記憶の技法」のアルバムを聴きます。
アントン・メヒアスは知らなかったピアニストですが、このアルバムがソロデビューとのこと。ドイツ・グラモフォンから初アルバムとは大したものですね。彼は2001年生まれのフィンランドキューバ人のピアニスト、なんとまだ24歳ですか、若い!大学院生みたいなものですね。バッハを得意としているとのこと。どんな平均律でしょう。
平均律クラヴィーア曲集大好きです。古くはリヒテルグルダ、もちろんグールド、チェンバロではリヒターからコープマンも好きだったなぁ。最近ではアンデルシェフスキの独自の配列によるアルバムが気に入って、来日公演も聴きに行ったり。私が学生の頃ですが、その頃からこの曲集が好きで、グルダの全集LPをいつも聴いていまして、そのことを同年代のピアニストに話したら、平均律を聴く人なんかいるんだ、ってびっくりされた覚えがあります。こっちこそびっくりですがどうもその方にとっては平均律は通過しなければならない退屈なエチュードだったようですね。もう1つおもしろい平均律のエピソードを紹介ます。イリヤ・イーティンさんというロシア系のアメリカのピアニストがいますが、この方をお世話する仕事をしていた時に伺った話で、やっぱりモスクワ音楽院時代に平均律のレッスンを毎回受けなければいけないんだけど、この方は耳で聴く音楽を全てピアノで弾けてしまうという天才で、いつも聞き覚えでピアノを弾いていたので先生に怒られていたとか。それであるときレッスンに平均律を持っていくのに楽譜を見て練習する時間がなくて、LPを聴いてそのまま聴き覚えてレッスンに行ったんだそうです。そうしたら、当時のソ連のLPプレーヤーの質が悪くて、回転数が遅いか早いかだったようで、半音違う調で覚えて弾いてしまって、楽譜を見ないで練習したのがバレて怒られたっていうお話。信じられないような天才ですが、ちょっと笑えますね。
さて前置きが長くなりました。このアルバムに戻りましょう。このアルバムの構成は平均律2巻を前奏曲とフーガを2つ(つまり4曲)弾いた後、フィリップ・ラッサーの12曲ある「記憶の技法」を1つ弾き、それからまた4曲平均律を弾いてまたラッサーの曲が入るというふうに並べてあります。平均律は普通の調整順ですね。
フィリップ・ラッサーは1963年生まれのアメリカ人。フランス的な背景もあるようで作品は印象派アメリカ音楽を融合したスタイル。「記憶の技法」Art of Memory は多分バッハのフーガの技法を意識してのことだと思いますが、どれも2分程度の作品で12曲あり、各曲が前の曲の記憶を取り入れながら進行して、最終的に全ての記憶が集約されるという構成。バッハの平均律2巻のオマージュとして作られ、メヒアスが初演しています。
まずは第1番、導入に相応しい華やかなタッチ。速めですが微妙なアゴーギクが素晴らしい。非常に粒だった音で、バッハには欠かせない明快な音色です。全ての声部がイキイキ、溌剌に演奏されて、内声部も明確なフレージングとアーティキュレーションで聴かせます。何よりもバッハを弾くのが楽しくて仕方がない、という雰囲気が伝わってくる演奏。4曲弾いた後にラッサーの「記憶の技法」が挟まりますが、これがバッハのポリフォニックな作風と対照的にホモフォニックなんですが、和音の中で内声がポリフォニーをなしているといえばいいのかな。バッハを真剣に聴くとかなり疲れます。各声部を追って行ったり、2つ3つ4つと複雑なからみあいを聴いていて、24の調全部を聴いていくと脳が疲労していくのがわかるんですが、これが4曲ごとにラッサーの曲が入るとちょっとホッとするというか、気分が変わって、バッハに集中するのにこれはいい構成だなと思います。それから、メヒアスは各曲の繰り返しを行なっていません。平均律というと律儀にリピートを守っているアルバムが多いし、2回目に別な装飾を入れたりして変化をつけたりしてますが、この演奏はあっさりと繰り返さないことで全曲聴き通すのもスッキリとして聴きやすいですね。とにかくバッハは楽しそう。こちらもバッハを聴いてウキウキするような演奏です。ただ何でもかんでも元気がいい訳ではなくて、フーガなどは時にゆっくり内省的、時には重厚で緩急をつけます。またラッサーが入ることで24曲続けて聴いてもあまり疲れません。ラッサーになるとタッチをガラッと変えて柔らかいフランス的な響き。癒される音です。
「記憶の技法」に関しては、まだ聞き込んでいないからですが、バッハに集中すると前の曲の記憶が飛んでしまって(汗)繋がりを感じ取るのが難しいのですが、あえてラッサーだけ並べてきくとその意図がわかるような。基本的にはフランス的なハーモニーをシンプルでありながらちょっとした音楽的エピソードという感じの作品。
録音はホールの響きを入れたウェットな音。グールドの乾いた録音ととは対称的。少し離れたところにマイクを置いているような、オフマイクというほどではないけれど、ピアノ全体の音を少し離れたところで撮っているという感じ。残響がある中でピアノの粒だった音がしっかりと聴こえてくる録音です。演奏会場で聴いている雰囲気ですね。とても明るい音のピアノ。
最後は平均律が終わった後にラッサーの静かな終曲。余韻が静かに残っていきます。
平均律の名盤の中に新たな1枚が加わりましたね。新しいバッハ弾きのデビュー、これから他のバッハのアルバムが出るのでしょう、期待大!