
収録曲は以下の通り。
ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414
I. アレグロ
II. アンダンテ
III. ロンド:アレグレット
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906–1975)
ピアノ、トランペットと弦楽合奏のための協奏曲 作品35
II. レント
III. モデラート
IV. アレグロ・コン・ブリオ
I. アレグレット
II. ラルゴ
III. モデラート
サスキア・ジョルジーニ(ピアノ)
ペール・イヴァルソン(トランペット)
トロンハイム・ソリスツ(アンサンブル)
サスキア・ジョルジーニ、初めて聴きます。イタリア生まれのオランダ系ピアニストで、ザルツブルク国際モーツァルト・コンクール優勝を機に国際的な活動を広げ、ムジークフェラインでのデビュー以降、世界各地のホールや音楽祭に招かれて演奏しています。リスト作品の録音ではディアパゾン・ドールを受賞するなど、録音面でも高い実績を残していますね。また歌曲伴奏や室内楽にも積極的で、幅広いレパートリーを持つ点も大きな魅力です。
トロンハイム・ソリスツも聴いたことありません。ノルウェーの音楽大学を母体にした弦楽合奏団ですね。十六人ほどのメンバーで活動していて古典、バロック、ロマン派、北欧作品から現代曲まで多彩なレパートリーを持っているとか。
まずはモーツァルトのピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414。モーツァルトのピアノ協奏曲フリークとして気になるところですが、今回演奏されているのは、あまり録音されることのない管楽器のない弦楽器だけのヴァージョン。弦楽だけの小編成でも気軽に演奏できる協奏曲として書かれたもので、よく録音されているのはオーボエ、ホルンが加わっていますが、この録音は弦楽器だけ。ちょっと新鮮な響きがします。室内楽のような親密さがあって、これはこれでとてもいい。
最初から明るい主題が小編成の弦楽器で奏でられます。ウィーン移住直後のモーツァルトの新たなか門出を象徴するような軽やかさ。ジョルジーニのピアノはフォルテピアノのような軽さはないけれど、落ち着いた音色で現代のピアノによる透明な音色。弦合奏もあまりHIP感はなくナチュラルな演奏、ただフレーズは流れすぎず明確でそれが古典的なこの曲の様式感にあっています。
それから録音が飛び抜けていい。ペンタトーンの音ですね。透き通っていながら実在感があるというか。Qobuzで聴くと程よい残響の中に美しいピアノと弦合奏が広がります。Apple TVのドルビー・アトモスも良い仕上がりで、残響に包まれつつ美しい音に囲まれて幸せ。
第2楽章、冒頭の弦はあまり甘美に歌いすぎず、アーティキュレーションを明確に区切って節度ある前奏。そしてジョルジーニのピアノ、これは多分ベーゼンドルファーかな?とても深みがあり落ち着いた音色、低音から高音までとても揃った音でその響きが楽しめます。この曲は中間部の短調がいいですね、ほのかな悲しみ、モーツァルト独特の柔らかな悲哀。この楽章はブックレットの解説によると、ロンドンのバッハ、J.C.バッハのオペラの序曲に基づく主題で、1782年に亡くなったバッハへの追悼ではないかとのこと。確かにそんな哀しさが感じられます。
第3楽章、軽すぎず重くなくという前奏。さりげなく入るソロの部分が好き。ジョルジーニは愉悦感よりも落ち着いた感じで、エレガントにこの曲を弾いています。ロンドでさりげない遊び心が感じられます。次の主題は少しテンポを落として丁寧に弾いています。ここでも聴き慣れている管楽器入りバージョンとは違う弦楽器の伴奏が新鮮です。
ショスタコーヴィチらしい風刺とパロディに溢れた曲ですが、ジョルジーニの演奏はあまりそれを強調しすぎず、先ほどのモーツァルトのようにこの作品のもつ古典的な美しさに焦点を当てているように感じます。メロディラインがすごく綺麗に弾く人で、それがこの曲のもつ風刺性とか諧謔性を弱めていますが、ナチュラルに弾くことでこの曲の別な美を浮かび上がらせてくれますね。
第2楽章は静かな月の光の下のような静けさの中で奏されるゆっくりとしたワルツ。ジョルジーニはライナーノートで「壊れたワルツ」と書いていますが、この曲のことでしょう。あまり感情を強調せず、シンプルに演奏している感じ。ショスタコーヴィチらしいガラスのようなリリシズム、そしてジョルジーニのピアノは高音がとても美しい。ここでイヴァルソンのソロはあまりヴィブラートをかけすぎず淡々としていて、その後の透明なピアノソロと呼応しています。
間奏曲的な第3楽章を経てアレグロ・コン・ブリオの終楽章、もちろん速いけれどピアノのソロはあくまで透明な音色で荒さはありません。いろんなパロディ、ベートーヴェンの「無くした小銭への怒り」とかのパッセージが入っていておもちゃ箱をひっくり返したようなところもある曲ですが、あんまりピアノはとんがりすぎず。例えば中間部でトランペットのソロの合いの手でガーンとピアノが鳴らしますが、そこは思いっきり叩きつける演奏が多いけど、ここでは案外綺麗な音。そのあたりにこの演奏の方向性が感じられますね、決して乱暴には弾かず丁寧な演奏を心がけているようです。そこから形式美のようなものが浮かび上がってきて、この曲の別な面が聞こえてきました。最後もトランペットがおちょくったような軍隊的なファンファーレを繰り返すけれど、そのちょっと馬鹿馬鹿しいような音楽もとても美しく聞こえます。
ジョルジーニはこの曲を「自らの血で書かれた」音楽、うちに籠る嘆きであり、3つの楽章は3幕の悲劇であると書いていて、初めてき聞いた時から彼女を捉え続けて深く影響を与えてきた作品とのこと。
第1楽章はソナタ形式ですが、私には冒頭はバッハの前奏曲を意識したように感じられますが、やがて細かい音が絡み合いつつ密やかに、時に激しく進みます。ロマン的なものを排除して音のもつ冷たさに意識を集中させたような音楽と演奏。
第2楽章ラルゴは漂うように進む、虚無と哀悼が入り混じった音楽。透明な水面の中をそっと除くと深い青い世界が見えるような・・・奥底の見えない曲に感じられます。ショスタコーヴィチのピアノの師匠であったレオニード・ニコラーエフの追悼として書かれたとのこと、そのどこか虚無的な悲しみはそこからきているのでしょう。
無垢な喜びとその中にそっと仕込まれた哀しみのモーツァルト、喜劇的でありながらどこか統一感のある演奏であったショスタコーヴィチ、そして虚無的な哀しみを音の配列に込めたソナタ。独特の構成ながらも不思議なストーリー性を感じさせた一枚でした。